まえがき
世の中、矛盾に満ちているが、物流の世界も同様だ。
宅配便の取扱個数は2022年度に、ついに50億個の大台を超えた。アマゾンや楽天などのEC(Electronic Commerce:電子商取引)の成長が著しいからだ。2000年比で、95.4%もの増加をみている。それにもかかわらず、積載量に輸送距離をかけたトンキロベースでみた国内貨物の輸送量は増えるどころか、減少傾向にあるのだ。上記同様、00年比でみると、22年度にはなんと27.5%減となっている。
なぜ貨物の個数は増えているのに、輸送量は減るという矛盾的現象が起こるのだろうか。荷物の平均重量が軽量化したからだろうか。輸送距離が短縮化したからだろうか。それとも、日本の物流システムの経年劣化が起こっているからだろうか。
調べてみると、確かに多様な理由があることがわかる。本書で明らかにする通り、貨物の小口多頻度配送が要請されているにもかかわらず、ドライバーは不足し、高齢化は進み、事故率も増加している。また貨物の積載率の変化をみると、00年の43.7%から22年には36.5%へと明らかに低下している。しばしば「6割がた空気を運んでいる」と揶揄されるゆえんの数字だが、効率面でも経年劣化が顕著になっているのである。
以前から物流革新や高度情報化などが、そして昨今では物流DX(Digital Transformation)が声高に叫ばれ、物流業界を挙げて効率化や合理化に取り組んできた結果がこれである。恐らく、日本の物流業界やそれを取り巻く環境には、上記の表層に現れた数字の奥底に、物流の近・現代化を阻害する真の災厄が潜んでいるようである。
本書は、日本の現代物流に内在する問題点を浮き彫りにし、それらの解決のための考え方や方策を明らかにしている。より具体的には、各章は、次のような問題提起とそれに対する解答という形で展開する。
序章では、一躍、日本の物流業界へ脚光を当て、画期となった「物流の2024年問題」について取り上げる。国は、働き方改革の一環として、ブラック職場の典型とされた物流事業をホワイト化するために、残業時間の上限規制を断行することにした。これにより、以前からドライバー不足に苦悩していた物流業界からいよいよドライバーの離職が相次ぎ、物流供給力の低下によって、荷物の遅配や配送料金の高騰などが起こると予測されている。これが、表層面に現れた「物流の2024年問題」である。しかし、真の問題は、ドライバー不足の原因がどこにあるのか、そもそもなぜ物流業界はブラックになってしまったのか、という点にある。また一般の関心は今後、荷物の到着はどれくらい遅れるのか、配送料金はどれくらい上昇するのか、といった点だろう。本書は、これらの問題に一定の解答を提示している。
第一章では、日本経済の発展の途上で、産業の高度化、市場の拡大、顧客の高質化などの環境変化の影響を受けて、物流はどのような問題に逢着し、それを解決するためにどのような革新がなされたのか、に関して解答する。とりわけ、高度な産業発展と顕著な物流進化がみられた高度経済成長期以後に焦点を絞り、それぞれの発展の間の相関関係について解明する。
第二章では、現代物流が主に最終消費者と対峙することによって、どのような課題に直面し、それに対してどのように対応してきたのかについて考察する。鋭くなった消費者に対応するために例えば、AI(Artificial Intelligence)は物流業界のどの分野にどれくらい浸透し、どのような効果を上げているのか。顧客体験価値の高まりとともに、購買プロセスにおける物流対応がどうあるべきかが問われているが、例えば、再配達や返品対応が顧客体験価値の水準にどのように関わっているのか。激化するラストワンマイル(最終配達地点)の配送の高速化のために、物流業界はどのような対応をとっているのか。ドローン配送は、そのための切り札として機能するのか。深刻化するドライバー不足問題の解決のために一過性の請負労働者であるギグワーカーはどれほど役立ったのか。本章では、物流が抱えるこれらの現代的課題に対して、解答を提示する。
第三章では、物流活動における、ロボットを活用した「自動化」の動向とこれによる省人化の可能性について明確にする。ロボット化は、ドライバー不足と高齢化が進行する物流業界において、肉体疲労やヒューマンエラーによる作業能率の低下や事故を回避するために、人間労働を可能な限り機械に代替していこうとする動向だ。物流施設内および配送における「自動化」への取り組みは、比較的長い歴史を有しているが、現在それがどこまで進展しているのか。より具体的には、物流センター内でのピッキングや荷物の積み込み・荷下ろし作業等にロボットがどれほど導入・活用されているのか。荷物配送面における自動運転は現在、どのレベルまで到達しているのか。完全無人運転は本当に可能なのか。そして最終的に、ロボット化は、「物流の2024年問題」をはじめとする、物流業界に突き付けられた難題を一掃する救世主となるのか。本章では、これらの諸点について解答を試みる。
第四章では、大震災、新型コロナ禍、戦争といった突発的な災厄が、物流にどのようなダメージを与え、それに対処するためにどのような改善がなされ、いかなる進化を遂げたのか、について明示する。全世界で起こるマグニチュード6以上の大地震の約2割を占める地震大国・日本では、それが起こる度に、道路や港湾などのインフラが破壊され、電気・水道・ガスなどのライフラインが切断された。無論、それらによって、物流も大きな影響を受け、物資供給が滞ることによって、人命にかかわる甚大な災厄を生み出してきた。このパートでは、主に阪神淡路大震災(1995年)と東日本大震災(2011年)を取り上げ、それらが、日本の物流にどのような悪影響を及ぼし、その改善のためにどのような取り組みがなされたのかを明確にする。
また、全世界レベルでの新型コロナのパンデミックは、物流の需給バランスを崩すことによって、輸送量や運賃に大きな影響を及ぼした。消費に関しては、分野によってロックダウンによる大幅減退もあったが、「巣ごもり消費」という新たな購買パターンも生まれ、「まだら模様」を呈した。このような状況下で、物流業界でも「まだら模様」がみられ、伸長する事業や今後永続化すると思われる画期的対応が誕生している。それらは一体どのようなものなのか、本章で明らかにする。
さらに、災厄の極致といえるのが、戦争である。2022年2月24日に大エネルギー供給国ロシアと大穀物輸出国ウクライナが直接戦火を交えることにより、グローバル・サプライチェーンは大いに乱れ、かつ日米をはじめとする主要先進国が一斉にロシア制裁を発動したことで、世界の物流ネットワークに再編を迫るほどの大ダメージを与えた。本章では、最終的に荷物の手渡しが必要な「エッセンシャルワーカー」である物流業者が、戦争による生命や物流手段損傷の危機に直面して、どのような対応をとったのか、そして今後どのような発想の転換が必要なのか、について明示する。
終章では、国連で採択されているSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の達成のために、新時代の物流の在り方はどうあるべきなのか、について考察する。異常気象や地球温暖化をもたらす要因の一つに、CO2の排出があるが、物流業界では電気自動車(EV)、カーボンリサイクル、モーダルシフト、ユニットロードシステム、協業化など、その排出削減に向けた多様な取り組みがなされている。
また、国際的にみて、ジェンダー格差が最悪レベルにあるわが国において、とりわけ3K(きつい、汚い、危険)職種といわれる物流業界においては、圧倒的な男性偏重社会が形成されてきた。しかし、企業内における女性就業割合の上昇は、企業業績の向上に直結するという結果も公表されており、物流企業において、女性を採用することのメリットは多くある。本章では、このメリットにはどのようなものがあるのかを明らかにし、現状の物流業界をどのようにホワイト化すれば、女性就業者が増えるのかに関して具体的な提案を行っている。
最後に本書の締めくくりとして、今後のわが国の物流業界の進むべき方向性について明確にする。物流業界の舵取りの指針には、「総合物流施策大綱」(国土交通省)があり、「簡素で滑らかな物流」を実現するために、物流DXへの取り組みが不可欠とされる。これには、ロボットのようなハード面と、プラットフォームのようなソフト面があるが、ここでは主に後者の輸送業務支援、可視化(見える化)、データの共有化などをどのように実行すればよいのかについて明らかにする。
以上、本書ではまず、日本の物流の過去、現在に発生した問題に焦点を当て、代表となるケースやベストプラクティスを検討することで、物流に対する認識と理解を深めてもらうことを目的としている。また、未来を見据え、今後の不確実かつ複雑な状況に物流はどのように対処すべきかに関しても、その戦略的含意の提示を企図している。それは従来、単純な物品の配送活動と捉えられてきた物流業務が、意外なほど複雑で、矛盾を孕み、謎の多い分野だからである。
ただ本書の内容は、物流の基本原則から最新のテクノロジーまで、網羅的かつ平易に解説しているので、初学者から物流実務家まで幅広い読者層に、価値ある専門知識の提供ができるものと自負している。
本書が、物流の本質への理解を深め、未来への羅針盤となって今後の難題に応えるための一助となることを心より念願している。
【目次より】
序 章 2024年問題とは何か――ドライバー不足と働き方改革
第一章 ロジスティクスの発展をたどる――産業と物流の相関史
第二章 変貌する流通の現在
第三章 ロボット化は救世主となるか――仕分けロボや自動運転配送の現在地
第四章 災害と物流――大震災の教訓、コロナ禍・露ウ戦争下の流通
終 章 新時代の潮流――SDGsを中心として