ちくま新書

Uberやamazon配達員は「労働者」か?
『労働法はフリーランスを守れるか―これからの雇用社会を考える』ためし読み

アプリで仕事を請け負い、Uber Eatsやamazonの配達員として働くギグワーカーたち。時間にとらわれず、働きたいときに働くのは、自由にみえます。しかし、労働法によって保護されない個人事業主(フリーランス)には、労災保険が適用されないばかりか、最低賃金や長時間労働の規制もなく、失業時の補償もありません。フリーランスの「労働者性」について、欧米各国の動向も視野に問いなおし、これからの雇用社会を考える、橋本陽子さんの新刊『労働法はフリーランスを守れるか』より、「はじめに」を公開します。

 現在の日本は、雇用されて働く人が八割を超える雇用社会である。農業が中心であった時代は、自営業が人口の大半を占めていた。雇用されて働く人に適用される法律の総称を労働法といい、労働法の適用される人を、「労働者」という。労働者を雇用する人(会社)は、「使用者」と呼ばれる。「労働三法」と呼ばれる、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法の名前は誰でも聞いたことがあるだろう。これらは、戦後すぐに制定された、代表的な労働立法であるが、現在は、労働者災害補償保険法、最低賃金法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法、労働契約法……と、ほかにも多くの重要な労働法の法律が続々と制定、改正されている。
 労働者を採用すると、失業保険や社会保険に加入させることも使用者の義務である。このように、労働者であれば、最低限の賃金額が保障され、解雇は簡単にはできず、万が一、失職した場合には、失業手当が支払われる。業務従事中に事故に遭ってけがをしたり、長時間労働が続いたため過労死してしまった場合には、本人または遺族が、労災保険の補償を受けることができる。
 このように労働者が労働法のさまざまな保護を受けることができるのは、なぜだろうか。それは、労働者が、自らの労働以外に資産を持たず、生きるためには働かざるを得ないからである。そして、労働は、それを提供する人間と切り離すことはできず、単なる商品として自由な市場に任せておくべきではないからである。そのために、労働者を保護するための法規制が必要なのである。一九四四年に国際労働機関(ILO)で採択されたフィラデルフィア宣言の「労働は商品ではない」という言葉は、このことを象徴している。
 ところで、最近よく話題になるフリーランスも、個人事業主とも呼ばれるように、基本的に、資本というほどのものを持たず、他人を雇用することなく、自らの労働だけを提供しているのではないだろうか。労働者とどこが違うのだろうか。
 本書は、フリーランスに労働法は適用されるのか、という問題を中心に、この問題に関連する労働法の内容について説明し、これからの雇用社会について考察するものである。
 本書で中心的に検討する問題は、「労働者性」と呼ばれる論点である。初めて聞く読者も多いかもしれないが、次のようなケースを念頭において、本書を読み進めていただければ幸いである。いずれも、実際に裁判で争われたケースである(現在、係属中の事件もある。また、事実を少し簡略化したものもある)。

ケース1:フードデリバリーの配達員
 ウーバーイーツ(Uber Eats)の配達員は、ウーバーイーツ・ジャパン社(以下、ウーバーイーツ)との業務委託契約に基づき、働きたいときに好きな場所で、アプリをオンにして、オファーを来るのを待っている。オファーを受けるかどうかは自由であるが、何度も断ると、アカウントが自動的にオフラインにされる。オファーを受けて、レストランで料理を受け取って初めて、どこに配達すればよいのかがわかる。報酬は、ウーバーイーツが定めた基準によって支払われているが、この基準はしばしば一方的に変更される。配達員らは、ウーバーイーツの作成した詳細なマニュアルに従わなければならない。配達が終わると、飲食店と顧客は配達員の評価を行う。この評価は、報酬(インセンティブ)に影響する。
 配達に必要な自転車とその経費は、配達員が自分で負担している。Uber Eats と書かれたかばんは、ウーバーイーツから支給されている。
 Xら配達員らは、事故の補償などを求めて、労働組合を結成し、ウーバーイーツに団体交渉を申し入れた。ウーバーイーツは、この申し入れに応じなければならないか。

ケース2:葬儀施行の業務委託
 葬儀会社を経営するY社では、顧客から依頼を受けて、葬儀を手配し、実施する従業員(フューネラル・アドバイザー、以下FA)を自社で直接雇用せずに、「支部長」と呼ばれる代理店主に雇用させていた。Y社と支部長との間の契約は業務委託契約である(そのため、Yはほとんど従業員を雇用していなかった)。支部長の事務所は、Yから貸借したものである、「配転」と称する支部長の異動も行われていた。FAは、Y社の名前で募集しており、FAの使用する携帯電話はYが直接FAに貸与しており、葬儀の施行について、FAは直接Yに報告を行っていた。A支部長に雇用され、FAとして働いてきたXは、労働組合を結成した後で、解雇された。Xは、Yとの間に雇用関係があることを主張できるだろうか。

ケース3:アイドル活動
 高校生のAさんは、Yプロダクションと専属マネジメント契約を締結して、グループでアイドル活動を行っている。ライブのほか、スーパーなどで開かれる特産品の販売の応援活動もしなければならない。これは、売り場で、大声でお客を呼び込むというもので、実際には、売り子として働くというものである。どのイベントに出席するかは、事前にアプリで入力することになっている。しかし「参加」以外に選べないイベントも多く、「不参加」と入力したイベントについても、事務所から電話で出るように言われ、事実上、参加を強制されていた。報酬は、グッズの売上げに応じた報奨金が月に数千円程度支払われていた。
 Aさんは、学業との両立に悩み、アイドル活動を辞めたいと申し出たところ、Y社長から「辞めるなら、違約金を払うように」と言われ、苦悩して、自殺した。
 Aさんの自殺に対して、Yは責任を問われないのだろうか。また、販売応援に従事した時間について、最低賃金が支払われないのだろうか。

ケース4:ホテル運営の業務委託
 Yは、低価格のビジネスホテルのチェーンを経営しており、それぞれのホテルの運営を、業務委託契約に基づき、支配人と副支配人に任せている。支配人と副支配人は、原則として夫婦で、ホテルに住み込まなければならない。支配人らは、Yからは、高い予約率を維持するよう常に指導され、予約サイトに出す価格も細かく指示されている。朝食やチェックアウト、フロントで対応する時間、ホテルで使用する用具や清掃、ケータリングの業者など、ホテルの運営に関する事項はすべてYが決め、詳細なマニュアルが作られている。アルバイトは、支配人が雇用することになっていたが、アルバイト代に相当する費用は、Yが支配人らに支払う業務委託料とは別にYが負担していた。
 支配人と副支配人は、どちらか一人が外出することは可能であったが、長時間抜けることは不可能であった。A店の運営を任されていた支配人Xらは、このような働き方には問題が多いのではないかと疑問に感じ、いろいろ意見を言ったところ、Yは、Xらとの業務委託契約を更新しなかった。Xらは、この契約終了を不当として争うことができるか。

ケース5:法律事務所の勤務弁護士
 日本有数の法律事務所であるYでは、数十名のパートナー弁護士のほかに、アソシエイトやカウンセルと呼ばれる約700名の弁護士が勤務している。司法修習を終了した弁護士は、アソシエイトとして数年勤務した後、カウンセルに昇格する。アソシエントとカウンセルは、Yと期間一年の委任契約を締結している。
 アソシエイトとカウンセルは、パートナーをリーダーとするチームに所属し、パートナーから割り当てられた業務に従事する。アソシエイトとカウンセルは、基本的に、パートナーから割り当てられた業務を拒否することはできず、ほかのチームの案件に関わるためには、上司であるパートナーの許可を得る必要があり、いったん割り当てられたチームを異動することはない。
 アソシエイトとカウンセルは、自分の担当する案件のクライアントを自分の「顧客」と呼ぶこともあるが、自分の名前で案件を受任しているわけではない。案件を受任できるのはパートナーだけである。弁護士らは、業務に必要な資料やデータベースを利用するためには、基本的に事務所で作業せざるを得ず、皆、事務所で長時間働いている。アソシエイトとカウンセルには、パートナーによる勤務評価も行われている。
 勤続10年になるカウンセルのXは、上司であるパートナーと折り合いが悪くなり、仕事の依頼が激減し、最終的に雇止めされてしまった。Xは、この契約終了を不当と争うことができるか。

ケース6:フリーライター
 美容系のフリーライターであるX(女性)は、月額15万円で銀座のエステサロンであるYの紹介記事をホームページに記載するという内容の業務委託契約を、エステサロンと締結した。25歳のXにとって、この仕事は、初めて定額の収入が得られる仕事であった。Xは、記事を書くため、エステサロンの施術を体験することになったところ、Yの経営者から、体を触られ、性行為を強要されそうになった。その後、Xは、精神疾患に罹患した。
 Xは、Yに対して、このようなハラスメント行為について、損害賠償を請求することはできないだろうか。
 ケース1では、フードデリバリーの配達員が労働組合を結成し、プラットフォーマー(インターネットを通じて、サービスを提供する事業者)に対して、団体交渉を要求できるか、ケース2ケース4およびケース5では、発注者によって行われた一方的な契約終了を不当と争うことができるか、ケース3では、事実上強制されていた売り子の業務に対して最低賃金が支払われないのか、そして、ケース3ケース6では、発注者によるハラスメントによって、自殺や精神疾患といった深刻な被害を受けた就労者が、発注者に対して責任を問えないのかが問題となっている。
 これらのケースでは、Xの主張が認められるためには、基本的には、Xの労働者性が認められなければならない。ただし、ケース2では、労働者性が問題になるのは支部長であり、またYがFAの使用者といえるのかという使用者性も問題となっている。また、ケース3ケース6のハラスメントの責任を追及できる者は、必ずしも労働者に限定されないのであるが、この点については後に説明したい。
 現在、新しい働き方として注目されているフリーランスは、契約上は、Xらのように業務委託契約に基づいて、発注者から依頼された仕事を遂行している。しかし、その働き方は、労働者とほとんど異ならない場合が少なくない。
 労働者性とはどのように判断されるのか。契約の名称が労働契約(雇用契約)ではないことから、ただちに労働者性は否定されてしまうのか。労働者性が認められないフリーランスを保護する法律はないのか。本書では、このような問題を検討していくこととする。
 労働者性は、欧米で、19世紀末から20世紀初頭にかけて労働法が生成した当時からの難問であるが、デジタル化によってケース1のようなプラットフォーム就労が生まれ、十年ほど前から、再び、議論が再燃することとなった。日本でも、2023年5月に「フリーランス新法」(「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)が制定され、フリーランスに一定の保護が認められつつある。しかし、ヨーロッパの動向から見ると、日本の対応は十分であるとはいえない。本書では、主に、EUとドイツの最近の労働法の展開と比較することで、これからの日本の労働法のあり方について考えていきたい。