ちくま新書

「なぜ勉強するのか」と聞かれたら

授業を聞いているだけで内容を理解できるのか?テスト前に勉強すれば十分じゃないの? そんな疑問に答えるために刊行した、篠ヶ谷圭太『使える!予習と復習の勉強法』。こちらからその一部が読めます。

勉強する理由は人それぞれ

先生:みなさん、学校で授業を受けて、宿題をやって、テスト勉強をして、毎日頑張っていますね。ところで、なぜみなさんは勉強しているのでしょうか? みなさんが頑張って勉強している理由を聞かせてください。

A:え、だって勉強やっておかないと将来困るだろうし……

B:僕は他の人に負けたくないからだなぁ。いい成績とるといい気分になれるし。

C:みんな頑張ってるし、雰囲気的にやらないわけにはいかないから……

「なぜ勉強しているの?」と聞かれた時、みなさんはどう答えるでしょうか。人によってその答えは全然違うと思います。教育心理学では、勉強する理由のことを「学習動機」と呼んでいて、みなさんが勉強する理由は、大きくグループ分けすると、充実志向(新しいことを知れて面白いから)、訓練志向(頭の訓練になるから)、実用志向(将来の役に立つから)、関係志向(みんながやっているから)、自尊志向(よい点をとって自慢したいから)、報酬志向(先生や親に褒められたいから)の六つになると言われています(堀野・市川 1997)。

 さらに、この六つの動機は、図表0–1のように「学習内容の重要性」と「学習の功利性」の二つの軸で整理することができます。縦軸の「学習内容の重要性」とは、勉強の内容そのものをどれだけ大切にしているかの度合いで、勉強の内容を大切にしている場合は上、あまり勉強の内容は気にしていない場合は下になります。横軸の「学習の功利性」とは、勉強することで自分が得することをどれだけ大切にしているかの度合いで、自分にとっての得を意識している場合は右に、意識していない場合は左になります。

 
 

 たとえば「面白いから」「新しいことを知れるから」といった理由(充実志向)は、勉強の内容自体を面白く感じているので、内容を重視している点で、上に位置します。そして、勉強することで自分が得するかどうかは考えていない(功利性は大切にしていない)ので、横軸では左に位置します。一方で、「先生や親に褒められたいから」「良い成績をとっておこづかいが欲しいから」などの理由(報酬志向)の場合、勉強でどれだけ得するかを大事にしているので横軸では右に位置します。また、よい成績をとることに意識が向いていて、勉強内容に意識があるわけではないので下にくるわけです。

 勉強する理由は人それぞれですし、一人一つだけでもありません。実際、「六つの理由のうち、自分にはいくつもあてはまるなぁ」という人もいると思います。実は、勉強する理由は、どれか一つがいいというわけではなくて、いろんな理由で勉強をしていることが大切になってきます。

 たとえば、「わかると楽しいから」という充実志向だけで勉強している場合、学年が上がって勉強の内容が難しくなったら、急に面白くなくなってしまい、勉強そのものをやらなくなってしまう可能性があります。実際のところ、小学生、中学生、高校生のやる気について調べた調査では、学年が上がるにつれて「面白い」といったタイプのやる気が下がってしまうことが報告されています。

 そんな時、「将来やりたい仕事には絶対必要だし……」「ライバルに負けたくないし……」「みんなもやっているし……」など、色々な理由で勉強に取り組んでいれば、面白くなくなったからといって、簡単に勉強をやめてしまうことはないでしょう。一つの理由だけで勉強するのは危険なのです。

 色々な理由に支えられながら、粘り強く勉強に取り組んでいくこと、また、勉強に取り組む中で、「みんなで頑張るのは楽しいな」「次はもう少しできるようになりたいな」「自分の興味のある仕事に必要だな」などなど、色々な理由が生まれてくることが大切だという点は、勉強している人も、勉強を教える先生方も、保護者の方々も、意識してみるとよいのではないでしょうか。

勉強で身につけたい力とは

 では、私たちは学校での勉強を通じてどのような力を身につけていく必要があるのでしょうか。文部科学省の学習指導要領では、「予測困難な社会の変化に主体的に関わり、感性を豊かに働かせながら、どのような未来を創っていくのか、どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え、自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な人生の創り手となる力を身に付けられるようにすること」と記述されています。

 つまり、情報が溢れ、目まぐるしく変化するこの世の中では、柔軟に対応しながらよりよい社会と人生を創り出していく「生きる力」を身につけることが、学校教育の大きな目標だというわけです。学校では色々な教科の勉強を通じて、情報を吟味する力、情報をもとに新しいことを考える力を身につけることが目指されていると言えます。

 そして、「生きる力」を高めていくために、すべての教科の目標や内容は、「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」、「主体的に学びに向かう態度、人間性等」という三つの柱で整理されています。つまり、教科で扱われる色々な知識や技能をしっかりと身につけていくこと、自分で考えたり、自分の考えを上手に表現したりする力を身につけること、勉強に粘り強く取り組んだり、上手に学んでいく姿勢を身につけることの三つを大切にしていこうということです。

 第1章では、これら三つの柱のうち、「知識及び技能」と「思考力、判断力、表現力等」について考えていきたいと思います。特に、重要な役割を果たすのが「知識及び技能」です。人工知能(AI)の技術が発達し、我々人間の職業の多くがコンピュータにとって代わられてしまう可能性が指摘されています(松尾 2015)。インターネット技術の発展により「情報はインターネットですぐに手に入るのだから、これから必要なのはそれを使いこなす力だ」と考えたくなりますし、実際にそういった議論も見られます。知識を集めたり、型通りに答えを出すことは人工知能が得意とするところで、わたしたちが人工知能に勝つことは難しいでしょう。

 わたしたち人間が人工知能に勝っているところは、普通では思いもつかないような、オリジナルな発想や独特な発想をするなどの思考力、判断力、表現力です。そのため、これからの教育では、「知識及び技能」よりも「思考力、判断力、表現力」が重要になると主張することには説得力がありそうです。

 しかし、実はそう考えるのは危険です。それは「思考力、判断力、表現力」を高めていくためにも知識を持っておくことが重要になるからです。では、なぜ知識は大切なのでしょうか。知識を得る際に、どのようなことが大切になるのか、第1章で考えていきましょう。

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