ちくま新書

大阪のすごいを集めまくり
一風変わった旅行案内として。地元の方は散歩のお供に是非どうぞ

高低差の激しい地形、産業発展の歴史、ややこしい私鉄事情と沿線ごとの特徴、住民気質、キタやミナミの成り立ちからディープサウスのスポットまで。古代から要衝であり続ける大阪を調べまくったちくま新書『大阪がすごい』の「はじめに」を公開します。古地図や錦絵、古写真も満載です。

はじめに

「日本が好きか」と聞かれると答えに困る。文化や風習、風景は好きだけど、政治となると「う〜ん」となる。歴史も時代によって異なるし、地震が多いのは嫌だ。
 それよりも何よりも、わたしは日本を出たことがない。海外旅行に行ったこともない。メディアや本からの情報、人のうわさだけで、ほかの国と比較することはできないのだ。
 これは、大阪に対してもいえることだ。
 わたしは大阪生まれの大阪育ち ―― といいたいところだが、生まれは母親の実家のある和歌山県。ただ、本籍や住民票は大阪なので、大阪出身といっても差し支えはあるまい。
 その後、六〇年以上、わたしはずっと大阪で暮らし続けてきた。一度たりとも出たことはない。だから、大阪とほかの都道府県を比べることはできない。したがって、大阪が特別に好きかどうかの判断はしかねる。ただ、出て行こうと思ったことがないので、嫌いではなかったのだろう。わざわざ離れる必要もなかったし。
 わたしの職業はライターだ。これまでさまざまな文章を記してきたが、心がけているのは常に自分のポジションをニュートラルにしておくことと、客観性を大切にすることだ。そうでないと、請け負う仕事の幅が狭くなる。主観を入れると成り立たない仕事もある。だから、出身地だからといって、大阪に特別な感情を持たないようにしている。距離を置いて、冷静さを保つようにしている。
 大阪にはいいところもあるし、悪いところもある。それは東京も同じだろうし、日本全国、いや世界のどの国や地域でも同じことだろう。偏愛は判断を鈍らせる。
 ただ、わたしは大阪府の出身だが、大阪市ではない。育ったのは大阪府内でも南部に位置する岸和田市だ。いまは町内会の役員も務めている。
 小学校、中学校はもちろん、高校も岸和田市だ。予備校は天王寺だったが四カ月で辞めて自宅浪人になった。大学受験は一浪で断念し、その後、職を転々とするなかで大阪市内に通勤したこともあったが、ほとんどは地元。大阪市内を仕事でうろうろすることになったのは、三七歳でライターになってからのことだ。
 そんな、大阪市内の人から見れば片田舎ともいえる土地の人間が、大阪について記述する。東京でいえば、八王子市や青梅市の人が東京二三区を語るようなものだ。ただ、その分、客観性を保つことはできる。通勤通学はしなかったといえども、遊びに出かけることはあるし、買い物に行くこともあった。まったく大阪を知らないわけではない。
 二〇二五年に日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開催される予定ということもあってか、近年、大阪に注目が集まっているようだ。また、インバウンドに人気なのが東京でも京都でもなく、大阪だというのも関係しているのだろう。そして、東京の一極集中に対するアンチテーゼが大阪の人気を高めていると思う。
 そのせいからもここ最近、大阪に関する書籍やムック、ウェブ記事の執筆依頼が増えている。大阪に事務所を構えるライターとしてはありがたいことだ。ただこれまでの依頼は、大阪の観光スポット、歴史雑学、鉄道ガイドなど、さらには大阪と東京との文化や言葉、風習の違いなどをまとめたものがほとんどだった。そんな仕事をこなしながら、ふと考えてしまう。
「では、いったい大阪ってどんなとこやろ」
「大阪がほかのとこと違うのは、どんなことやろ」
「そもそも大阪は、どうやって成り立ったんやろ」
 それを追求し、言及したい。加えて、それが私見であったとしても解明してみたい。そんな思いが、ふつふつとわき起こっていた。
 断っておくが、わたしは社会学や地理学などを専門に学んだことはない。大阪南部は地元なので詳しいが、市内や北部は心もとない。ガイド本の執筆などで、あちこちを訪ねはしたものの、上辺をなぞっているだけといわれれば、その通りだ。 とはいえ、知的好奇心はある。せっかく大阪に暮らし、大阪の情報に触れ、それなりの知識もあるのに、これを生かさない手はないし、もったいない。「ふるさと大阪に対する熱い思い」というものは持ち合わせていないが、それこそ距離を置いた冷めた目で見直してみるのもおもしろいのではないか。
 見解の違いはあるだろう。誤解が生じている部分があるかもしれない。それでも、大阪の片隅に、こんなことを考えている府民もいるというのが、本書を書こうとしたきっかけである。
 本書は、地形や歴史、町の特徴、交通インフラなどの視点から、現在の大阪の形成過程について、わたしがこれまで見聞きしてきた体験を織り交ぜながら、以下のように構成している。
 第一章では地形をテーマに生駒山地や上町うえまち台地、淀川と大和やまと川の治水について解説しながら、高低差のある大阪の土地のフィールドワークを行った。第二章は、京都や奈良にも劣らない日本史的にも重要な都市であることを根幹に、古代から近代までの大阪の歴史について触れている。単なる通史ではなく、今日の大阪につながる出来事を紹介した。第三章は「天下の台所」「東洋のマンチェスター」、そして「大大阪だいおおさか」と呼ばれた大阪の経済都市としての遍歴を振り返った。さらに、一九七〇年の日本万国博覧会(大阪万博)による大阪経済への「功罪」について考察を行っている。 第四章のテーマとしたのが鉄道である。大阪がなぜ「私鉄王国」と呼ばれるようになったのか、「大阪市営モンロー主義」とは何かなど、ほかの大都市圏には見られない大阪の鉄道事情を紹介している。第五章では、大阪といってもエリアによってさまざまな表情を持つ「町」について考察し、天王寺、新世界、釜ヶ崎、日本橋にっぽんばし、アメリカ村、鶴橋、梅田といったエリアを紹介。飛田新地とびたしんちをはじめとする五大新地についても触れている。終章となる第六章は、大阪の「負の遺産」となった再開発事業を振り返りながら、現在進行している都心部の再開発について述べている。さらに、観光地化を進める未来の大阪に対して想いを馳せてみた。
 また、これらの大阪の姿をビジュアル的にも親しんでもらえるように、江戸期から明治大正期の古地図や錦絵、古写真をできる限り掲載している。話のタネになるような大阪に関するウンチクや雑学も散りばめた。

 本書を片手に大阪の町をぶらりと歩きながら、
「大阪って、こんなところだったんだ」
「大阪には、そんな歴史もあったんだ」
「大阪は、お笑いとこなもんだけじゃなかったんだ」
 そんな気づきを得ていただければ、筆者としては望外の幸せである。

目次より
第一章 水の都の高低差  
第二章 なにわヒストリア  
第三章 「商都・大阪」興亡史  
第四章 私鉄の王国  
第五章 キタとミナミ、そしてディープサウス
第六章 未来都市・大阪

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