ちくま新書

母親から学ぶ、心の出発点

12月刊、高橋和巳『「母と子」という病』の「はじめに」を公開いたします。あなたにとって母ってなんですか?

 本書の目的は、人の心がどんなものであるかを、わかりやすい形で提示することである。
 心は捉えどころのないものとされているが、そう感じるのは自分の位置がわからないからである。
 たとえば、地図が何枚あっても自分の現在地が確定できなければ、それらはまったく役に立たない。同じように心についても様々な本や情報があるが、自分がどの位置にあるかを示してくれる本は少ない。本書では、地図を見る時のようにまず「あなたは今、この位置にいます」というような指針を提示し、その上で心の全体像を描いていこうと思う。
あなたが生まれる前には、心の現在地は母親の胎内であった。生まれてしばらくは心は母親の目の前、母親のごく近くにあった。こうして心の現在地は母親の元から始まり、以後、日々、変化していく。
 フロイトは父親と子の関係を軸に精神分析を説いたが、それは間もなく否定されて、親子関係は母親と子が主軸になっていると考えられるようになった(クラインの対象関係論、コフートの自己心理学など)。現在は、親子関係についてはボウルビィの提唱した「愛着理論」が広く用いられていて、やはりそこでも、母子を軸に親子関係ができ上がると考えられている。
 こういう考えは、当たり前と言えば当たり前で、わざわざ精神分析や心理学の理論を持ち出すまでもなく、私たちの日常の感覚と一致する。すなわち、幼な子にとって一番大切な人はまずは母親である。人はこの世に生まれて、初めて母親という人間に出会い、母親との関係を軸にして人生を学び始める。そこで学んだ基本が、その後長く人生の土台となる。
 「三つ子の魂百まで」ということわざがある。幼少時の性格は、年齢を重ねても変わらないという意味であるが、現代の愛着理論によれば、「三つ子」ではなく、「二つ子」と言ったほうがいいかもしれない。愛着理論によれば、一歳か二歳までの間に母親(か、母親がいなければそれに代わる中心的な養育者)から学んだ心の基本位置は、生涯大きく変わることはないとされている。これは私の精神科医・カウンセラーとしての臨床経験とも一致する。
 では、母親から学んだ心の位置とはどこか。それが生涯変わらない出発点となる。人が抱えている心の在り方、あるいは「生きにくい」という感覚の根っこには、その出発点が関係している。
 本書では出発点のその位置を確認しながら、心の地図を広げていこうと思う。


 

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「母と子」という病 (ちくま新書1226)

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