ちくまプリマー新書

大学4年間を無駄にしない方法

高校を卒業し、4月から大学へ入学する学生のみなさん朗報です! 大学卒業までの4年間を有効に使うための一冊が誕生ました。その名は『先生は教えてくれない大学のトリセツ』。 「はじめに」を公開しますので、ご覧くださいませ。

働き方は教えてくれない

 二〇〇八年から大学で教えています。これまで九年間で九つの大学で講義を持ち、三〇〇〇人以上の大学生に出会ってきました。
 卒業生も毎年、送り出しています。卒業後に大学院に進学した学生や海外に留学した学生もいますが、その数は少数です。九割以上の卒業生が社会人として働いています。
 あなたは大学を卒業した後にどのようなプランを持っていますか?
 具体的なことはわからないけど、どこかの企業で働く、とぼんやりとイメージしているのではないでしょうか。そんなあなたに伝えておきたいことがあります。
 それは、大学は働き方を教えてくれない、ということです。
 適性を探して、強みをいかせる就職先を自力でみつけてくださいね、というのが大学です。今でこそ、労働に関する科目は充実しています。キャリア系の科目が開講されたり、キャリアセンターが就活イベントを実施するようになりました。それでも、私のまわりの学生をみる限り、こうした機会を十分に活かしきれているとは言えません。
 こんな話題から入ると、
 「当然だろ!大学は学問をするところだ。大学は就職予備校じゃないし、働き方は社会に出てから学べばいい」と目くじらを立てる教授から非難を受けそうです。
 ちょっと待ってくださいね。私も大学を就職予備校だとは思っていませんし、もし、学生から「就職のために大学生活を過ごしています」と言われたりしたら、がっくりきます。大学の4年間というのは、就職のためだけにあるのではけっしてないですから
 でも、大学を卒業したら働くのに、大学では働き方を教えない、となると気になることが頭に浮かびます。
 大学を卒業して社会人になったその日に、あなたは急に目覚めるのでしょうか?変身でもするのでしょうか?
 新たな気持ちで迎えるということはあっても、あなたはあなたのままです。社会常識として知っておくべき知識やコミュニケーションスキルは、大学在学時までに培ったもので、いきなり変化することはありません。そうであれば、大学在学中から社会に出てからの自分の歩みを見据え、準備しながら過ごしていくことは大切なことだとは思いませんか?
 働きながら生きていくことになる八〇年という長い人生を自らの力で切りひらいていくときの準備期間に、大学を卒業してからどう働き、どのようにして歩んでいくのか、模擬練習を重ねておいても損はしませんよね。

知りたいという欲求

 さて、私が勤務する学部の学費は、四年間で約四三〇万円です。この学費は私立大学の平均的な金額です。学費は大学や学部によっても異なります。
 国公立の大学では、二八万二〇〇〇円の入学金に、毎年五三万八〇〇〇円の授業料を払い、四年間で約二四三万円かかります。最も高額なのは、医科歯科系の私立大学でその学費は二〇〇〇万円を超えます。下宿をする学生であれば、生活費に加え、賃料も発生します。
 授業料免除や奨学金制度が充実している学部もありますが、一般的に言えることは、この国の大学の学費は安くはない、ということです。
 数百万円から場合によっては数千万円という大金を大学に払うわけですから、それなりのリターンを手に入れたいものです。
 高い学費を払って、大学で何を身につけていきましょうか。
 その出発点として考えてみたいのが、大学での学びとは何か?ということです。
 講義に出席して教授の話を聞くことですか?単位を取得するために、テストのスコアに必要な知識を習得していくことですか?
 これらは学びの形式であって、本質的な意味ではありません。大学における学びとは、教科書に書かれている内容をそのまま暗記していくような詰込み学習だと勘違いしてはいけません。受験勉強とは全くべつものです。
 学びとは自分が知りたいという欲求に正直に、好奇心を持ち続け、日頃の生活においても、考え、発見していくような構えのようなものです。学びは、生きていくことと密接に結びついた壮大なプロジェクトだとも言えます。大学生にとって学びとは、もっと自由で、自分目線の自分好みのものでいいのです。
 学びが与えられる受動的なものではなくて、自ら味わっていく能動的なものになると、日々の生活の中に学びが欠かせない行為であることに気が付きます。日々の営みがその先の人生を築いていく感覚を手にするようになります。
 「学びとは、生き方をデザインしていく行為」そのものなのです。学びは、吸収していく浸透力と、生み出していく創造力、自分だけではなく周りの人を引っ張っていく牽引力を伸ばしていきます。
 ここでデザインという言葉を使っているのには、それなりの思い入れがあります。デザインという言葉は、下絵を描いていくことや、図案を描いていくこと、ファッションデザイン、グラフィックデザイン、インダストリアルデザインまで、何かを創っていく行為について日常の様々な場面で広く使われています。
 私はこのデザインという言葉が持つ、幾つかの要素を検討し、調整していく中でこの先を生み出していく創発的な計画性という含意に可能性を感じ取っています。
 10年ぐらい前までは、学びとは「生き方の哲学」だと思っていました。それもあながち間違いではないのですが、哲学というとどうしても、自己の問いへと向かうことで、今すべきことや今考えるべきことが抽象化していく傾向にあります。そこで私なりに経験を重ねいろいろと模索していく中で、より具体的に生き方そのものをデザインしていくことが学びであるという見解に辿り着いたのです。

日常に生かせる学び

 学びは最高の贅沢です。
 「たしかに、そうですよね。」と共感してくれるあなたに本書は必要ありません。毎日楽しくて、思考する喜びを感じていますよね。ぜひ、そのまま学びの味わいを深めていってください。
 「えっ、学びが最高の贅沢?そんなことをないでしょ」と感じる人の方が多いのではないでしょか?そんなあなたに向けて、本書を書いています。
 学びはつまらないという呪縛からあなたを解放したいのです。学びはあなたをつくり、あなたの明日をつくっていきます。
 しばしこの本に向き合ってみてください。好きな場所でゆったりと休憩を挟んでもいいので、じっくり読み進めていってください。
 本書を読み進めていく中で、学びが美味しそうだと気づき、それぞれの学びが違ったものになるとき、あなたの日常も不思議と変わっていきます。
 学びは変わります。このことは自信を持って言い切れます。
 学びの美味しさを体感すると、もっと食べたくなります。より美味しいものはないかと、ネット上で関連情報を調べたり、関連書籍をむさぼりよむようになります。そうして感じた美味しさを友達に伝えたくなるでしょう。こうなってくると、あなたの学びは劇的なスピードで成長過程に突入していきます。機械的な学習に囚われた思考と身体は解放され、真の学び人になります。
 福澤諭吉もこんな言葉を残しています。
 「学問で重要なのは、それを実際に生かすことである。実際に生かせない学問は、学問でないのに等しい」(福澤諭吉著、斎藤孝訳 『現代語訳 学問のすすめ』ちくま新書 )
 知りたいという欲求を育て、美味しさを味わっていく。そうした日々の営みが生き方をデザインする学びの動力源となり、四三〇万円という学費のリターンを着実に生み出していってくれるのです。

本書の構成

 本書は大学生のあなたに伝えたいポイントまとめた四つの章と、教員の目線からみえてくる大学の歴史的な変化やリアルについて触れた5章から構成されています。
 第一章では、講義の受講方法を180度かえてみようかということを提案しています。とくに、大学の風物詩ともいえる数百人が一斉に受講する大規模講義の受講方法に焦点をあてていきます。今日の大学では成績評価も厳格化され、そのため、出席をとる講義が時間割を埋めていきます。講義の受講に費やす時間を考えると、この時間を最大限に活かしていく方法を会得しておきたいものです。知識を習得するだけでなく、知性を磨くために受講するのが鍵となります。
 第二章では、大学時代にできるだけ数多くプレゼンの機会をつくり、伝え方の苦手意識をなくしておくことについて書いています。プレゼンは誰でも苦手です。それはプレゼンの機会が少なかったからだけなのです。定期的に繰り返していけば、伝え方は劇的に良くなっていきます。大学時代の伸びしろポイントだともいえるでしょう。
 第一章で聞き方、第二章で伝え方に焦点をあてたので、第三章では、書き方について着目します。大学ではレポート課題をかせられる機会が多くあります。在学時には研究論文、卒業時には卒業論文に取り組むことになるでしょう。インターネットでありとあらゆる情報にアクセスできる時代ですから、レポート課題も、関連個所をコピーして貼り付けるという行為も簡単にできてしまいます。そんなことをしても、損をするのは自分自身です。
 せっかくなので文書を鍛錬する好機として捉えましょう。大学生の良さは、同じ課題に向き合う仲間がいることです。個人でレポートをまとめて教員に提出して済ましてしまうのはもったいないです。仲間とともに論文や文章を磨き合う。ゼミの位置づけや活動とともにチームで書き方のレベルアップを図ることについて触れていきます。
 某CMで有名なバイトするならのフレーズをもじった第四章では、働くことに不安を感じている悩みに向き合い、卒業後をみこして、在学中にどのようにして働き方を学んでいくのかついてとりあげています。学生時代のアルバイトの向き合い方、希望職種に近い職場でのインターンでの取り組みの内実に深く迫っていきます。アルバイトのかけもち、アルバイトとインターンのかけもち、複数の職場で同時に働くことで飛躍的に成長していく様子も描いています。
 第五章では、大学を客観的にかつ俯瞰的な視点からとらえ、第一章から第四章までにまとめた大学生に伝えたいポイントを考えるきっかけとなった大学の現状について記しています。大学が今、どのような問題に直面しているのか。教員からみえてくる大学の変化とリアルについて触れています。
 あなたのまわりにも、第五章で取り上げていく幾つかの問題があるはずです。そうした状況から目を背けることなく、多面的な視点で大学の現状をつかまえることも大切です。人は誰しも自分をとりまく環境に左右されます。問題が起きていれば、その解決策を練り、状況を打開していくこと。これも生き方をデザインしていく上で重要な学びなのです。
 エピローグは第一章から第五章までのそれぞれのポイントを支える考え方の軸についてまとめます。本書のメッセージはシンプルで、大学の学びを自分たちのできるところから充実化させていこうということなのですが、その学びというのは大学時代に限ったものではないことも指摘していきます。大学卒業後の人生の歩みをふまえて、生き方をデザインする学びの中身に触れていきます。
 なお、本書のエピソードはすべて実話です。プライバシーに配慮して学生と教員の個人名はすべて仮名にしてあります。

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