アメリカ音楽の新しい地図

1.テイラー・スウィフトとカントリー・ポップの政治学

トランプ後のアメリカ音楽はいかなる変貌を遂げるのか――。激変するアメリカ音楽の最新事情を追い、21世紀の文化=政治の新たな地図を描き出す!

「この日がやってきた。みんな投票しに行って!」

 アメリカ大統領選の投票日となる2016年11月8日、ひとつのツイートが話題になった。一般人に紛れて投票所に並ぶ自分の写真を添えて、テイラー・スウィフトがSNSにメッセージを投稿したのだ。そのポストはたちまち3万回近くリツイートされ、13万回以上の「いいね」がついた。ケイティ・ペリー、ジャスティン・ビーバー、バラク・オバマに続いて世界第4位、8400万人のフォロワー数を誇るテイラーの投稿がこれほど話題になったのには理由がある(1)。 
 多くのファンやジャーナリストの要請にもかかわらず、彼女はこれまで大統領選について一切コメントをしてこなかったからである。
 これはアメリカのセレブリティーとしては比較的めずらしい態度だといえるだろう。今回の大統領選でも、たとえばテイラーとは不仲が伝えられるケイティ・ペリーは、多くの芸能人がバーニー・サンダースに肩入れしていた頃から一貫してヒラリー・クリントンを支持、キャンペーン中もたびたびステージに立ち、大統領選史上初の女性候補の応援を買ってでた。レディ・ガガは2015年6月の時点でヒラリーとの写真をSNS上に公開しているし、翌年7月にはインスタグラムでアメリカ国旗をあしらった水着を着てヒラリーを支持するコメントを投稿した。ビヨンセも夫のジェイZとともに、投票4日前にオハイオ州クリーヴランド──いうまでもなく、激戦が予想される代表的なスイング・ステートである──で開催された集会で正式にヒラリー・クリントン支持を表明した。選挙キャンペーンに積極的に参加せずとも、アリアナ・グランデのようにヒラリーが正式に出馬宣言した2015年4月にツイートで賛同の意志を表明したミュージシャンや俳優は枚挙に遑がない。
 2016 年のアメリカ大統領選は共和党候補ドナルド・トランプと民主党候補ヒラリー・クリントンという、いつになく「好ましくない」二人の候補の一騎打ちとなったこともあり、たしかにセレブリティーにとっては支持を表明しにくい選挙だったかもしれない。だが、たとえば2012年の大統領選挙においても、レディ・ガガやケイティ・ペリーが早々にオバマ支持を打ち出したのに対して、当時23歳のテイラーはこのときも沈黙を保ったままだったのだ。
 そして今回も、投票を呼びかけたテイラー本人が結局誰に票を投じたかを明らかにすることはなかった。あるジャーナリストが言うように、「彼女は自分のプライベートのすべてを晒すことで自らのキャリアを築いてきたにもかかわらず」である(2)。 

 テイラー・スウィフトの沈黙は、彼女がカントリー・ミュージックという音楽ジャンルを出自とすることと無関係ではない。地方の白人コミュニティーを支持基盤として発展したカントリー・ミュージックは伝統的に共和党と相性が良い。では、テイラーもその音楽性に誇りを持つのであれば、堂々と共和党支持を訴えれば良いではないか──。ところが、そう簡単には割り切れない事情がテイラーだけではなく、カントリー・ミュージックの側にもあることが明らかになりつつある。
 本稿ではテイラー・スウィフトのキャリアを振り返ることで、カントリー・ミュージックの政治性についてあらためて考察してみたい。それは、彼女が圧倒的な成功を収めたカントリー・ポップというサブジャンルの両義性についてあらためて検討することにも繋がるだろう。

 

(1)2017年3月9日現在。 http://twittercounter.com/pages/100。ちなみにインスタグラムのフオロワー数ではセリーナ・ゴメス、アリアナ・グランデに次いで世界3位。

(2) Kevin Fallon, “Who Did Taylor Swift Vote For?” The Daily Beast, Nov. 9, 2016. http://www.thedailybeast.com/articles/2016/11/08/who-did-taylor-swift-vote-for.html

次回は6月9日(金)更新です。

2017年5月9日更新

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大和田 俊之(おおわだ としゆき)

大和田 俊之

1970年生まれ。慶應義塾大学教授。アメリカ文化、ポピュラー音楽研究。著書に『アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』

サントリー学芸賞)、『アメリカ音楽の新しい地図』(ミュージック・ペンクラブ音楽賞)、共著に『村上春樹の100曲』(栗原裕一郎編著)、『文化系のためのヒップホップ入門』(長谷川町蔵との共著)がある。

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