ちくま文庫

日本文学もおもしろい
『ちくま日本文学』刊行開始

立ち上がる全体像

編集部 最近、名作を読み直したいという機運が高まっています。この『ちくま日本文学』全三〇巻は、以前刊行した『ちくま日本文学全集』全六〇巻を、今の時代にあわせたセレクション、コンパクトな文庫判で刊行するものです。本読みのお二人に読みどころなどお話しいただければと思います。

北村 『ちくま日本文学全集』を、思い返してみると、人選、作品のリストの裏にはものすごく個性的な編集者の影が見え隠れしていました。楽しみながら作っている人たちの姿が。三〇巻のリストアップはどのように?

編集部 売れ行きの良かったもの、特に近年になってからの売れ行きが良いもの。それから筑摩らしさということで柳田國男、折口信夫、宮本常一は入れました。彼らは民俗学系統の人で、民間伝承と文学を繋ぐ大事な役割をした作家だと思うのです。小説家だけの文学全集にしたくないということはありました。

北村 六〇冊が三〇冊になるまでのアンソロジーと、その一冊一冊の作品アンソロジーがあります。それを見るのが非常に楽しいですね。いかがでしょうか?

桜庭 実家にあった〈日本文学全集〉に入っていない尾崎翠、寺山修司、稲垣足穂とかが普通に混ざっているのが、なんか可笑しくて、とっつきやすい感じがします。確かに、柳田國男が入っているんですね。

北村 こういうのを見ていると、自分だったら誰を入れたいだろうと考えますよね。深沢七郎、横光利一、徳田秋声とかあったらいいなあと思いますが、限られた読者に読まれるタイプの作家なので無理なのでしょうね。
(内容見本をみながら)文庫サイズなので、若い人にとっては最初に読む一冊としてピッタリなんじゃないでしょうか。私は旅行のときや病気の時など、読み返してみるかという気になります。作品の取り合わせがユニークですね。天下の森鴎外が「大発見」で始まっているなんて、ありえない。その独創性がうれしくなります。

編集部 鼻くそをドイツ人がほじるかという話を大文豪が大真面目に書いているんですよね。入門者の方がいきなり「雁」ではないだろうと思いますし、一方鴎外を読んでいる人でも案外「大発見」は読んでいないかもしれない。気楽に鴎外に親しんでもらうためには、こんな入り方もあるのではないでしょうか。

北村 既成概念である軍服をきた鴎外の、もう一つの面が見えてきますね。このシリーズは小説だけでなくエッセイ、詩、童話などが入っている。そうすることによって、人としての全体像が立ち上がってくる。
 桜庭さんの〈読書録〉を読ませていただきましたが、読書家というか、幼い頃からすごい量の読書をしていますね。

桜庭 私の世代とか、ちょっと上の世代は、だいたい子ども向けの文学全集を読んでいるのではないでしょうか。ポプラ社とか、講談社とかから出ていたので。「レ・ミゼラブル」がコゼット中心の「ああ、無情」になっているとか、ああいうのを小さい頃から読んでいたので、そのまま読書を続けているのですけれど。その頃からの影響で、海外ものはたくさん読んでいます。子どもの頃、読書って悪徳のイメージがあって、子ども向けにしてはあるけれど、殺人があったり恐ろしいことがあったり、性的なことも書いてあったりして、悪いことをしているんだと思って楽しかった。
 日本のものは、けっこう教科書に載っていたので、かえって「読め」と言われている感じがあって、あんまり読まなかった。そんな風だったから、大人になってから読んでみて、真面目な話ばかりでなく、かなり悪いことも書いてある、恐ろしい話がいっぱいあると思いました。高校を卒業後、実家にたまに帰ると全集があるので、読み始めたという感覚。十代の頃は、ほんとうに海外ものばっかりでした。

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