ちくま学芸文庫

小西甚一『古文研究法』ができるまで

 小西甚一の『古文研究法』は書き下ろしだったのだろう、とずっと思っていた。「はしがき」は《「先生、まだですか――」という阿部君の催促が子守唄のように聞こえるようになってから、もう三年になる》……と書き出されていたし、例題の《大部分は私の作ったものである》とも書いてあったし……。

 いや、書き下ろしだから偉いとか、そうでなかったら偉くないとか、そんなことは決してないけれども、ここに収められた例題のいくつかには別に「初出」があることに気づいた。学習参考書の成立事情など探っても詮ないことかもしれないが……。

『古文研究法』を出した洛陽社は大学受験のための通信添削の会社でもあり、問題の解答・解説などを載せる「受験」という月刊誌を昭和二十五年から発行していた。

 初めは「大学受験通信添削会」という名称で、問題の発送は月三回。「受験」昭和二十六年一月号の広告には《今や東大合格者は会員の七〇%に達す》と書いてある。昭和二十八年十月号の記事によれば、返送された答案の数は英語四二〇六、国語三七五九とあるから、まあそれくらいの会員数だったのだろう。その後、「大学受験全科通信添削会」「大学受験英数国通信講座」などと名称を変更、月二回になったようだ。

 小西甚一はこの雑誌の「添削会問題の研究」のページにしばしば執筆していた。「受験」を全冊見ることはできなかったが、すくなくとも昭和二十八年十月号から「東京教育大学助教授 小西甚一」と名前がある。『古文研究法』の(今回、文庫化された改訂版の)「例題一一三」は昭和二十九年四月号、「例題一一八」は昭和二十九年八月号、「例題一二一」は昭和二十九年十一月号に載っていたもので、解説の文章もほぼ同じである。ほかにもたくさん見つけた。

 当時三十代半ばの小西甚一は毎月のように問題を作り(月に二、三題ということが多い)、解答・解説の原稿も書いていた。それをまとめたものが『古文研究法』のかなりの部分を占めていると言えそうだ。

『古文研究法』は昭和三十年九月の刊行だが、「受験」では早くも昭和二十九年七月号に「近刊」の広告が載っている。『古文の新研究』という題になっていて、こんな宣伝文がついていた(〔 〕は私が補った)。

《筆者は人も知る学士院〔賞〕受賞の新進気鋭の学者である。フレッシュなセンスと豊富な学識を吐露して完成されたもの。説明はあくまでも懇切丁寧に、古文の常識と基礎知識は細大洩らさず盛られている。入試問題は年と共に絶えず変遷する。それに対応する為には優れたる参考書こそ絶対不可欠のもの、本書は此の要求を満すに充分である。語法篇、解釈篇、鑑賞篇、国文学史の四篇より成る。

 8月25日発売 御期待あれ!》

 実際に出るのは一年以上先のことなのに、発売日まで謳っている。筆者が校正刷に手を入れ続けたのだろうか。このあとも「受験」には「近刊」の広告が載り続けるが、昭和三十年十月号でようやく「発売中」の広告になる。そして昭和三十一年八月号にはもう「改訂版」の広告が出ており、《改訂版では例題に全部通釈を施し、今までの不便を解消した》と謳う。

『古文研究法』のその後の版の奥付を見ると昭和四十年に「改訂版発行」となっているけれども、これは大きな改訂のことであり、「改訂版のあいさつ」が示唆するごとく、増刷のたびに改訂が繰り返されていたのだ。この広告には、

《早大教授 川副国基氏評――こういう本が出たらとねがっていたような、類書を隔絶した内容の好著が、すぐれた国文学者小西氏の総力をかけてあらわれた。この本ではじめて根柢からの古典読解の力を養うことが出来るだろう。》

 ……というのも載っている。川副国基も「受験」の常連筆者で、もっぱら現代文を担当していた。しかし小西甚一も現代文の問題をよく出している。『古文研究法』刊行ののちは添削問題の解説とは別に「現代文講座」というのも連載した。これは驚くべき内容だが、単行本にはなっていない。

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古文研究法 (ちくま学芸文庫)

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¥1,980

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