人生がときめく知の技法

第20回 ストア哲学の体系(その四)

 

■ ストア入店!

吉川 前回まで、ストア哲学のスローガン「自然と一致して生きる」の意味についてお話ししました。

山本 その心は「理性によって判断し行動する」こと。

吉川 人間には、植物や動物がもつ感覚や衝動に加えて、理性的能力が備わっている。

山本 そこに人間の人間らしさがある。自然(神)が人間をそのようにつくったのだから、この理性的能力を行使することこそが、自然と一致して生きるということになる。

吉川 そういう筋道だね。

山本 スローガンの意味を確認したところで、今回からはストア哲学の体系へと分け入っていこう。

吉川 ストア入店!

山本 浩満、それ店舗やない。柱廊や。

吉川 失礼。ではさっそく、例のブツを。

山本 おなじみの『ギリシア哲学者列伝』だね。全10巻のうち、第7巻がストア派の哲学者たちの紹介にあてられている。学祖ゼノンから第二の学祖クリュシッポスまで、7人のストア哲学者たちが登場。

吉川 上中下の三分冊で刊行されている岩波文庫の日本語訳では、中巻の205頁から378頁まで。けっこうたっぷりあるね(★1

山本 本人たちの著作を直接参照できないのは残念だけれど。

吉川 うん。ゼノンにしろクリュシッポスにしろ、ストア派の創設者たちの著作はすべて失われてしまっているから。

山本 後代の人びとによる引用からしか、われわれはその実態を知ることができない。

吉川 その中でも最大の情報源が、この『列伝』というわけ。

山本 さらに万全を期したい向きには、この『列伝』も含めて初期ストア派にかんする資料のほぼすべてを集成した『初期ストア派断片集』というアンソロジーもある。邦訳では堂々の全五巻(★2

吉川 京都大学学術出版会の西洋古典叢書シリーズだね。たいへんな仕事だ。

山本 初期のストア哲学については、おもに以上ふたつの資料と、同じく京都大学学術出版会から出ている名著『ヘレニズム哲学──ストア派、エピクロス派、懐疑派』(★3に拠りながら話をしていきます。

 

■ 論理学、自然学、倫理学

吉川 でも、ひとくちにストア哲学といっても、ゼノン以降たくさんの後継者によって構築・継承されてきたものなんだよね。

山本 『列伝』で紹介されているだけで7人もいるし、その主張も細かいところに違いがあったりする。

吉川 紀元3世紀にディオゲネス・ラエルティオスがストア派について文章を書いた時点で、発祥からすでに数百年が経過しているわけで。

山本 こういう場合、いきなり細かい話をしてもしょうがないので、まずは大きな輪郭から描いていこうか。

吉川 そうしよう。

山本 そもそもストア派の創設者たち自身、ストア哲学の体系を説明する際に、わかりやすくはっきりと輪郭を示すようなたとえ話を多用している。

吉川 プレゼン上手だ。

山本 たとえば、こんな言い方がされているよ。いわく、ストア哲学は卵のようなものだ。

吉川 その心は? 

山本 ストア哲学は三つの部分からなっている。殻は論理学、黄身は自然学、白身が倫理学にあたる。

吉川 おお、そういうの大好き。ほかには?

山本 それは生き物と同じだ。骨と腱は論理学、肉は倫理学、魂が自然学である。

吉川 いいね。あとは?

山本 哲学は肥沃な畑だ。論理学は畑を囲う壁、倫理学は果実、自然学は土壌ないし果樹に相当する。

吉川 「自然と一致して生きる」がストア哲学のスローガンだとしたら、こちらはさしずめキャッチフレーズだ。

山本 卵、生き物、畑と、言い方は異なるけれど、内容は共通している。

吉川 そうだね。詳しくはこれから検討するけれど、自然学がコアにある印象もある。

山本 自然学は黄身であり魂であり土壌ないし果樹。たしかに。

吉川 その自然学と接して対といってもいいような要素として倫理学がある。

山本 黄身に対する白身、魂に対する肉、土壌ないし果樹に対する果実。自然学と倫理学の密接な関係を表しているかのようだね。

吉川 で、論理学はそれらを覆っていたり、骨組みを与えるものという位置づけかな。

山本 卵の殻、動物の骨と腱、畑の壁。面白いね。殻と壁は外側を覆うものだし、骨と筋は全身を動かすための構造みたいなもの。

吉川 いずれのたとえでも、全体としてストア哲学には三つの部分があり、それらが一体となっている様子が示されている。

山本 そう、三つの部分──論理学、自然学、倫理学──が、それぞれ必要不可欠な要素として、哲学全体の体系に貢献している。

吉川 三つの部分からなる有機体というわけだ。

山本 こうして改めて見てみると、とてもイメージ喚起的な表現だね。

吉川 いまなら気の利いた学習参考書に載ってるチャートやイラストみたいなものを連想させる。

山本 ほんとだね。概念や文字だけだと抽象的で記憶しづらいかもしれないところ、見知っているものになぞらえているわけだ。

吉川 たとえ方自体が面白いし、いったん飲み込んでしまえば忘れにくいという効能もありそう。

山本 さしずめ敏腕のコンセプトメーカーだね。

吉川 と、まずは概要を確認したところで、このイメージを念頭に置きながらさらに詳しく見ていこう。

山本 そうしよう。ただし、「論理学」も「自然学」も「倫理学」も、現代でも通用しそうな言葉だけど、それらが当時のストア哲学の文脈においてどんな意味内容をもっていたのかは、調べてみないとわからない。

吉川 早とちりしないよう注意しないとね。

山本 次回から具体的に検討していこう。

 

1──ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(中)加来彰俊訳、岩波文庫、1989

2――『初期ストア派断片集』(1-5)中川純男ほか訳、京都大学学術出版会、2000-2006

3──AA・ロング『ヘレニズム哲学──ストア派、エピクロス派、懐疑派』金山弥平訳、京都大学学術出版会、2003

 

 

 

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