人生がときめく知の技法

第28回 エピクテトス先生をアップデートする(その二)

 

アップデートの要点

吉川 この連載もいよいよ大詰めです。

山本 これまで学んできたことをもとに、エピクテトス先生の哲学を現代的にアップデートして、この連載もお開きにしよう。

吉川 うん。さっそくだけど、どの辺が要アップデートだろうか。

山本 その前に、アップデートの必要のないところ、というか、むしろアップデートできないところを確認しようか。

吉川 そうだね。エピクテトス哲学の核心、そこをいじってしまってはもはやエピクテトス先生の哲学ではなくなってしまうようなポイントはなにか。

山本 それはもう……。

吉川 この連載を読んでくれた人には明らかかもしれない。

山本 うん。まずは、われわれの権内にあるものと権外にあるものの区別。

吉川 そして、われわれの権内にある唯一の能力としての、理性の使用。

山本 その心は、論理的に思考し(論理学)、正しく自然を認識したうえで(自然学)、よく生きること(倫理学)。

吉川 三行でまとめられるね。今北産業な人でも大丈夫。

山本 今北産業というのは「今来たばかりの私にこれまでの流れを三行で説明してくれ」の略です。念のため。

吉川 このシンプルさがエピクテトス哲学の魅力だよね。じゃあ、アップデートが必要なことはなんだろう?

山本 エピクテトス哲学の原理は不変だけれど、そうはいっても古代のギリシア・ローマと現代日本とでは、さすがに社会のあり方がまったく違っている。

吉川 そうだね。

山本 社会の仕組みが変われば、権内と権外の境界線も動くかもしれない。

吉川 うん。あと、学問の中身もずいぶん変わった。

山本 とくにストア哲学でいう自然学にかんする部分が大幅に発展したよね。

吉川 物理学、生物学、化学といった自然科学、法学や経済学、社会学などの社会科学、それに医学やバイオテクノロジーの進展も大きい。

山本 学問(科学)と技術の発展もまた、権内と権外の境界線に影響を与えそう。

吉川 そういうわけで、社会の変化と学問の進展に合わせてアップデートを試みよう。

山本 今回は社会の変化について検討して、学問の進展については次回に検討しようか。

吉川 そして最終回の次々回では……。

山本 以前とりあげた相談に、アップデートしたエピクテトス哲学の観点から答えてみよう。

 

帝政ローマと現代日本

吉川 エピクテトス先生の時代と現代とでは社会的にはなにが違うだろう。

山本 まずは政治体制が一見して異なるよね。

吉川 そりゃそうだ。帝政ローマの時代だもんね。

山本 ローマ市民は自立心にあふれていたという話もあるけれど、カリグラやネロといった皇帝の暴政もあった。

吉川 「先生、どうして私が首を切られなければならないのですか?」という生徒からの質問を思い出すね。

山本 先生は、「じゃあ、みんなが首を切られたらいいと思うのか?」と答えたんだった。

吉川 これは帝政ローマの身分制度を前提にした話だよね。

山本 皇帝の命令に逆らうなど、どう逆立ちしたって一市民の権内にあることではない。

吉川 現代日本に目を転じてみると、国家の主権は国民にあると定められている。

山本 主権在民、国民主権だね。

吉川 われわれの市民権がおよぶ領域は、帝政ローマの時代と比べるとかなり広い。

山本 集会・結社の自由や表現の自由がある。

吉川 デモもできる。

山本 すると、市民権の拡大に応じて、少なくとも政治や法律の観点からは、権内にあることの領域も拡大しているはずだよね。

吉川 うん。

山本 そこをきちんと踏まえておかないと、われわれが手にしている力、権内にあるものを見誤ることになってしまう。

吉川 まったくだ。政治的な権利や法律についての知識が必要。

山本 本来は義務教育でその辺についても学ぶことになっているんだけど……。

吉川 ほとんどの人があんまり覚えていないと思う。

山本 大人になってから勉強しなおさないといけないね。

吉川 この連載をきっかけに勉強しなおそう。ところで、経済的にはどうだろうか?

山本 経済においても、われわれの自由は拡大しているよね。

吉川 目下の資本主義経済における労働者は、少なくとも建前上は、自由な契約にもとづいた労働者だ。「賃金奴隷」とか「社畜」とかいう言い方がされることもあるけれど。

山本 かたやエピクテトス先生は奴隷出身だった。

吉川 奴隷というのは、奴隷その人がまるまる主人の財産だから、まったく自由な契約ではない。

山本 労働者の場合には、いちおう本人が希望すれば会社を辞めることもできる。

吉川 もし現代のわれわれがエピクテトス先生の時代の奴隷の気分で権内と権外を区別していたら、ほとんどの事柄が自分の権外(主人の権内)にあることになってしまいそうだね。

山本 これじゃあブラック企業の思うつぼだ。

吉川 つらいね。どう考えたらいいだろう?

山本 ここでも、労働者の権利や会社の権限について知ることが大事だね。

吉川 それで権内/権外の境界線を引きなおす!

山本 うん。これには遅すぎるということはないはずだよ。

吉川 そのとおりだ。私も今日から勉強しなおそう。

山本 お、やる気になってきたね。そして次回は……。

吉川 学問の進展を考えに入れてエピクテトス哲学のアップデートを試みよう。

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