それ、ほんとの話? 人生につける薬Ⅱ

第4回 架空の人がピンチに陥っても、笑う気にはならない

『人はなぜ物語を求めるのか』に続く、千野帽子さんの新連載!

「実話」になにを期待し、「フィクション」になにを期待するか


 前回、アリストテレスの『詩学』の一節をご紹介しました。
〈歴史家はすでに起こったことを語り、詩人は起こる可能性のあることを語る〉
(松本仁助+岡道男訳、『アリストテレース詩学 ホラーティウス詩論』所収、岩波文庫、43頁。ここでの〈詩人〉とは叙事詩人と劇作家、つまりフィクションの作り手のことをさしています)
 紀元前4世紀に書かれたこの最古の物語論(ナラトロジー)文献のなかで、「ほんとうのこと」と「人が『ほんとうらしい』と感じること」とはズレているという洞察が、すでになされている、というわけです。
〈起こる可能性のあること〉は、起こるでしょう。しかし〈すでに起こったこと〉のなかには、あまりに極端だったり、あまりに珍しかったり、あまりにひどかったりして、〈起こる可能性〉が低そうに見えることがあるのです。そして、前々回で述べたように、そういう〈起こる可能性〉が低そうなできごとの報告は、「報告価値」を持つということになります。
(ここでアリストテレスが可能性と呼んでいるものは、論理的な可能性ではなく、経験上・見聞上の蓋然性のことと思われます)
 時をへだてて、約2,000年後の17世紀フランス古典主義の時代に、やはり前回ご紹介した演劇理論書である『演劇作法』(1657)のなかで、オービニャック師が、
〈ネロが母を絞め殺させ、その腹を裂いて、生まれるまでの九か月どこに宿されていたか、その箇所を見たのは真実である。この蛮行は、犯人には楽しかったにせよ、見るものにはおぞましいのみならず、ありうるはずがないから信じ難い〉(戸張智雄訳、中央大学出版部、60頁)
と書いたのも、アリストテレスの洞察を古典主義的にブラッシュアップしたものだと考えられます。

古典主義の理想は形を変えて受け継がれる

 フランス古典主義の演劇や小説の理念は、〈節度〉〈バランス〉〈調和〉〈秩序〉〈必然性〉(これはアリストテレスのキーワード)〈ほんとうらしさ〉(これはオービニャック師のキーワード)といったキーワードを重視していました。古典主義において、人はフィクション作家にたいして、
〈詩人(作者)の仕事は、すでに起こったことを語ることではなく、起こりうることを、すなわち、ありそうな仕方で、あるいは必然的な仕方で起こる可能性のあることを、語ることである〉(アリストテレス前掲書、前掲箇所)
という使命を期待し、要求していたというわけです。
「それはフランス古典主義がそういう時代、そういう流行だったからだろう」
と、ついつい考えてしまいます。じっさい、18世紀末から19世紀初頭にかけてヨーロッパで流行した「ロマン主義」という文学潮流では、17世紀的な〈節度〉〈バランス〉〈調和〉〈秩序〉といった概念を蹴散らすような激しい作品が、とくに詩や小説の分野で書かれています。
 しかし、そんなロマン主義も、程度の差こそあれ、〈必然性〉と〈ほんとうらしさ〉については、どこかで重視していました。というか、それらを完全にお払い箱にすることはなかった、できなかったのです。
 ロマン主義の影響を受けながら、それをはっきりと乗り越えようとした文学者に、米国のエドガー・アラン・ポウがいます。彼の短篇小説「早まった埋葬」(1844)の冒頭で、語り手はつぎのように言っています。
〈小説のテーマのなかには、興趣をそそってやまないものの、真っ当なフィクションとしてはおぞましすぎて適さないものがある。たかが浪漫派〔=ロマン主義〕作家といえども、読者を怒らせたり嫌われたりしたくなければ、そういうテーマは避けなければならない。過酷でおごそかな現実という裏打ちと支えがあればこそ、そうしたテーマは適切にあつかわれるのだ。
たとえば、ナポレオン軍のベレジーナの河渡りだとか、リスボンの大地震、ロンドンの疫病、聖バーソロミューの大虐殺、あるいはカルカッタで百二十三人もの捕虜が“黒い穴〔ブラックホール〕”に閉じこめられて窒息死したなどの事例を知ると、われわれはごく強烈な「快い痛み」で恍惚となる。
しかしこれらの話のなかで、われわれを興奮させるのは、それが事実であり──現実であり──史実であるという点であろう。これがフィクションとなると、たんに忌まわしいだけだ〉
(鴻巣友季子訳、鴻巣友季子+桜庭一樹編『E・A・ポー』、集英社文庫《ポケットマスターピース》第09巻、351頁。引用者の責任で改行を加えました)

列挙されたのはどういう事件か

「カルカッタの黒い穴」事件とは、1765年にベンガル州の太守が、当時インドを領有していた英国の軍隊に反乱を起こし、多数の捕虜がカルカッタ(コルカタ)の密閉された狭い牢屋に監禁されて、多数が(おそらく熱中症と酸素不足で)命を落とした悲惨な事件です。
 それ以外の例も簡単に振り返りますと、まずナポレオンは1812年のロシア戦役で、凄惨なベレジナ渡河作戦において、極寒によって一気に数千の兵を失ったといいます。
 1755年のリスボン地震はマグニチュード9とも推定され、地震と津波で一説には60,000人の死者を出しました。フランスの文学者・思想家ヴォルテールはこの地震に衝撃を受け、翌年に「リスボン震災に寄せる詩」を書きました。この震災は彼が1759年に発表した小説『カンディード、あるいは楽天主義』の発想のベースともなり、作中にはリスボンの地震の場面も出てきます。この両篇は斉藤悦則訳『カンディード』(光文社古典新訳文庫)で読むことができます。
 1665年のロンドンのペスト大流行では、死者はおよそ70,000人ともいわれ、のちに小説家デフォーが『ペスト』(1722。日本語訳は平井正穂訳の中公文庫など)で公式記録をもとに詳細に物語化しています。
 聖バルテルミ(バーソロミュー)の虐殺とは、1572年8月24日(イエスの12使徒のひとりバルトロマイの祝日)に始まった悲惨な宗教内戦です。カトリック教徒がユグノー(カルヴァン派プロテスタント)をパリで大虐殺し、その影響が地方に波及した結果、ユグノー側の死者は5,000人とも30,000人とも言われます。

極端なできごとを語るだけでは、読者は納得しない

 短篇小説「早まった埋葬」は、語り手の身に起こった恐怖体験を語る(そして思わず笑ってしまうオチのついた)フィクションです。けれど、語り手が冒頭でこれら酸鼻をきわめる史実を列挙する部分だけはまるで、フィクションの作者ポウ自身が歴史家を羨望し、ジャーナリストに嫉妬しているかのような口調に読めてしまう。
 フィクションの物語においては、極端なできごとを語るだけでは、読者(受信者)は納得しない、という傾向があるわけです。
 先述したデフォーの『ペスト』は、いちおう小説というあつかいではありますが、それを読む読者は、書かれていることが事実に忠実であるらしいということを念頭に置いているから感動しているのだ、とも言えます。「こんなことが起こったのか……」という感動です。
 小説という表現形式は一般にフィクションとされているはずです。そしてフィクションというのは作り話で、「実在の人物・団体との類似は偶然のものである」ということになっています。
 けれどそれはあくまで、建前なのかもしれません。小説と称しているのに、実話として(ノンフィクション的に)読んでしまうことがある、というわけです。こういう事態については、べつの回でべつの例も加えて、もう少し検討できたらいいなと思っています。

「珍しい実話」としての都市伝説

 ここまで「極端な話/珍しい話/けしからぬ話である」というタイプの報告価値について考えてきました。そしてここにきて、「実話である」という、べつのタイプの報告価値の問題にぶつかったわけです。
 第1回から参照しているマリー=ロール・ライアンの『可能世界・人工知能・物語理論』(1991)も、読者が住んでいる世界において真実である、ということが、話を物語ることを正当化しうる「外的要点」のひとつである、と述べています。
〈たとえば、女性スキーヤーがパンツを下ろしたまま後ろ向きに斜面を滑り降りていったという都市伝説も、虚構として話してしまったら魅力の大半を失ってしまう。
この話に物語価値があるのはそれがおかしいからで、それがおかしいのは女性にとってそれが厄介な状況だからだ。人が厄介な目に遭っているのを見るのをわれわれは好むものだが、架空の人が厄介な経験をしても笑う気にはならないのではないだろうか。
(物語価値性の物差しのひとつで測ると、この話が最高の力を持つのは、それがだれか知人の身に降りかかったときだろう)〉
(拙訳、水声社《叢書・記号学的実践》第24巻、259頁。引用者の責任で改行、太字強調を加えました)
 だからこそ、僕たちは信じられないような興味深い話を耳にしたとき、そのおもしろさを確認するために、それを話してくれた人に向かって以下のように問いかけるのです──
「それ、ほんとの話?」
と。

                                   (つづく)
 

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