82年生まれ、キム・ジヨン

『82年生まれ、キム・ジヨン』、『ヒョンナムオッパへ――韓国フェミニズム小説集』刊行・著者来日記念トークイベント
チョ・ナムジュ×川上未映子×斎藤真理子×すんみ 

『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者チョ・ナムジュ氏来日を記念して、チョ・ナムジュ氏×川上未映子氏の対談が、斎藤真理子氏、すんみ氏を交えて、2019年2月19日(火)、新宿・紀伊國屋ホールで行われた(筑摩書房・白水社・紀伊國屋書店・韓国文学翻訳院 共催)。  韓国文学と日本文学における社会問題の影響、「正しさ」についてという話題から「オッパ」「主人」という恋人や夫の呼称についてまで、大変刺激的なトークイベントとなった。(通訳:宣善花(ソン・ソナ)、延智美(ヨン・ジミ))

この小説の2つのポイント

川上 ナムジュさん、きょうはお話をするのをすごく楽しみに来ました。よろしくお願いします。
 この小説について話すときに、大きく分けて、ふたつポイントがあると思いました。
まずは斎藤さんがおっしゃったように、Me Tooや、いろいろな社会的な背景と本の関係です。それから、小説そのものの話です。どういう構造を持っているとか、どういう語り手であるとか、どういう技術が使われているかとか。私は小説を書いているので、まずは後者の、小説として読んだときの感想からお伝えできればと思います。
 この小説にはふたつの構造があります。この小説は82年に生まれたキム・ジヨンというひとりの女性の半生について書かれていて、いろいろな読み方があるとは思いますが、基本的にロールプレイングゲームのように、「このイベントがきたら、この抑圧がきた」みたいな感じで、「女性あるある」と言いますか、いわゆる女性が社会で生きていると遭遇する典型的なことが積み重ねられて、構成されています。
 でも、現実にはこのような典型をそのまま生きている女性はいないんですね。人生を書くときには、性の部分や人間としてのずるさといった細部を書き、またその陰影を情景描写や比喩を使って表現するのだと思いますが、この小説はあえてそういう小説の豊かさとも言える部分をごっそり落としているんです。なぜ、このような書き方になるかというと、これを記述しているのが、最後に出てくる何もわかっていないポンコツ男性精神科医だったという設定だからです。
 つまり、追いつめられてボロボロになって、大変な状態の女の人がやって来て専門家が長時間かけて彼女の話を聞いても、男性的な言語、男性的な体験からは、このようにしか記せないのだということを指摘しています。症例のカタログのようにしか記述できないわけですね。
 ふたつめは、そのように男性の理解を通して単純化された、カタログ化された女性の半生を読んで、多くの女性読者は、これが私たちの人生のエッセンスだと思ってしまう。間違いなく私の物語であり、これは私たちのことだと思ってしまう。男性的な言語によって貧しく再構成された女性の物語が、女性によって「これはわたしだ」と理解され、消費されるというメタ構造がある。この二重の出口のなさをじつに見事にお書きになられたと思いました。

チョ 皆様、きょうはお越しいただきまして本当にありがとうございます。
 まず、川上さんからお話しいただいたように、この小説はクライマックスに向かって突き進んでいくという構成を取っていません。それよりも、エピソードがずっと繋がっていく形を取っていますが、最初にこの小説を書こうとしたときに、女性であれば誰しも経験し得るようなエピソードを集めて、ある女性の半生を再構成するという形で書きたいと思いました。周囲の女性の誰かは「こんなことあったよね」と共感できる、女性ならば誰もが経験する、いわゆる「あるある」をいろいろ集めました。
 そのために、例えば、女性が書き込んでいる掲示板を参考にしたり、女性について書かれたルポを読んだり、インタビュー記事を読んだり、そういうものを参考にしながらエピソードを集めました。女性なら誰が読んでも、この中のエピソード1つか2つは自分にも該当して、「こんな経験があったな」と感じてもらえるようなものを集めて構成していきました。
 最後のほうに精神科医が登場します。この人が実質、この物語の語り手となっているわけですが、そのように設定した理由は、この本をお読みになればわかりますが、参考資料が多く使われているためです。韓国内のニュース記事や統計資料が引用されたり、併記されたりする形で書かれています。そうした客観的な資料を並べて書くので、それに違和感を持たせないために、報告書という形が合っているのではないかと思ったからです。
 では報告書を誰に語ってもらうのがよいかと考えたときに、彼女の歩んだ人生とそのとき覚えた感情をわかっている人間は誰だろうかと考え、話をずっと聞いてきた精神科医が報告書の形で書いていくという構成をつくるに至りました。
 最後の精神科医の言葉については、今回、日本で受けたインタビューでも衝撃的だったという方が多かったのですが、韓国でもあまりにも悲観的なラストではないかという意見もありました。キム・ジヨンや自分の妻に理解を持っている精神科医が、結局は、自分の業務に関しては全く別の判断をします。しかし私は、悲観的に物語を締めくくろうとしたわけではありません。精神科医はキム・ジヨンの人生に愛情も関心もあるし、自分の妻に対しても愛情を持っている人物です。そのような人物でさえ、自身の業務に関しては、女性の不利になる判断をしてしまうという結論を示すことで、当事者でない男性たちが女性問題において理解を持っていたとしても、何かを決めたり選択することに限界があるのではないかということを示したかったのです。
 より広い範囲で、共にこの問題を考え、共に悩みながら、どうしたら制度や慣習を変えていけるのかということを提案したくて、このような終わり方になりました。

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