鬼海弘雄

ここに人がいる

鬼海弘雄インタビュー(後編)  2020年夏

2020年10月19日、写真家・鬼海弘雄がこの世を去った。無数のイメージが現れては消える現代社会にあって、地に足のついた確固たる写真の表現を追求し続けた稀有な存在だった。本特集では、さまざまな確度から、鬼海弘雄の作品と人となりとをたどっていく。

■「写真はどっかに遊びがないとつまんない」

多摩川の堤にて ©鬼海弘雄

三浦 浅草も川のそばですけど、川崎のこのご自宅も川のそばですよね。偶然ですか? 川が好きなんですか?
鬼海 川は好きでしょ。ガンジス川にも行ってるくらいだからね。川というか水は好きだよね。生まれたところも寒河江川があったしね。
平田 海よりも川なんですか?
鬼海 だって小学校6年まで海を見たことがなかったから。修学旅行で初めて。もう想像がふくらみすぎてて、実際に海を見た時にはあれ?って、期待したほどじゃないよなあって。もっと海ってのはうわーってくるものかと。
三浦 迫力もきらめきも想像のほうがすごかったんですね(笑)
鬼海 その後わたし、マグロ船乗ったでしょ。いやあこれはさすがに迫力があったよね。だってここで事故があって死んだら終わりだからね。実際に事故があったしね。
三浦 マグロ船、どのくらい行くんですか?
鬼海 8カ月。行ったきりですね。メキシコまで行って、米と水と野菜を積んで日本に戻る。最初に乗っけてくれっていった時、ちょうど連合赤軍の浅間山荘事件があった頃でしょ。そういうところから逃げてきたやつなんじゃないかと思われるわけですよ。だから最初は断られて、二回目には盲腸取って行ったんです。
三浦 なんで盲腸?
鬼海 迷惑かけるとしたらこれくらいしかないから乗っけてくださいって。
三浦 覚悟を見せたと!
鬼海 そのマグロ船の時に撮った写真もありますよ。これです。

 


三浦 これもハッセルブラッドですか?
鬼海 これはニコノスっていう水に濡れても大丈夫なカメラを買って持ってったんです。
平田 写真を撮ることは漁船の人たちはいやがらなかったんですか?
鬼海 それはルールがあって、いかにも仕事をさぼって撮ってるって感じじゃないように……。
平田 このころもモノクロ写真なんですね。あ、これ三島由紀夫?(笑)
三浦 また、いい顔の人がいっぱいいますね(笑)
鬼海 そういう顔の人たち、いなくなりましたよね。
平田 これは? これはどこの写真ですか? めずらしいですね。桜が写ってますよ。
鬼海 それは靖国かな。最初の頃は何を撮っていいかわかんないでしょう。私、法政大学だったから、靖国は近いし。
三浦 じゃあ、浅草で壁に出会って。
鬼海 それで変わりましたよね。ええ。
平田 これも若い頃のですか? この帽子が飛んでいく。
鬼海 ああ、それは遊びの写真で、浦安ですよ。いまは高層ビルとか立ってますけど、当時はものすごい湿地帯だったんです。そこに落ちてる帽子を拾って、こうやって投げて、撮る。
平田 自分で投げて?
鬼海 そう。でも入んないわけよ。そうすると弁当かなんか食べてる土木工事の人が、「よし、おれにまかせろ!」って電柱にのぼって「ほいっ」って。
三浦 最初で最後の弟子ですね!(笑)いやあ、若い鬼海さんって感じですね。
鬼海 写真はどっかに遊びがないとつまんないですよね。

 

平田 これはどこですか? この若者たちはいまとはずいぶんちがいますね。
鬼海 夜間中学。荒川第七だったかな。戦争で学校に行けなかったり引き揚げてきた人たちの学級ですね。
平田 何かを教えに行ってらしたんですか?
鬼海 いやそれも、何を撮ったらいいかわかんなくて、荒川にそういういろんな人たちがいるっていうんで撮らしてくださいって。
平田 これ、鬼海さんじゃないですよね?
鬼海 どれ? あ、これはわたしですよ。

 

三浦 自撮り?
鬼海 いや、自動シャッターがあったから(笑)まあ、浅草で的を定めるまで、相当あっち行ったりこっち行ったりしましたよね。
平田 鬼海さんにもそういう逡巡の時代があったんですね。
鬼海 それで、あの大工さん、浅草シリーズのコンタクトの1枚目ですよ。これで、日本人の肖像が撮れると思ったんですよ。

■「生きることの威厳が映ってないと、撮る意味がない」

三浦 鬼海さんの撮る家は、その後撮る人のシリーズとなにか通じてますよね。
鬼海 そう、なんか裏と表というか、私の被写体が住んでいる家のようなね。
平田 建物を撮るとき、人が入ってませんよね。
鬼海 ぜんぜん入らない。
平田 人を撮るときと心構えが何かちがうんですか。
鬼海 人の生活の影を撮るから。
平田 だから洗濯物とかが多いんですね。
鬼海 それはそう。そこにどんな夫婦が住んでいるのかとか考えると、洗濯物が気になるんですよ。まだ発表していない洗濯物はけっこうあります。
三浦 なんだかどれも住んでみたくなる家なんですよね……。
平田 鬼海さんの写真にゴールデン街のがありましたよね。いまはもうない光景だと思うんですけど、洗濯機がドアの前にあって、物干し竿に布団が干してあって、おばさんが後ろ向きに椅子に座ってる。
鬼海 まだ人が住んでた頃ですよね。当時はゴールデン街の三階に住んでたんですよ、人が。生活が想像できるからいいんです。地べたに生きてるっていうかね。
平田 人物の写真についてるキャプションも想像ですか?
鬼海 それはそう。
三浦 え? フィクションが混じってることがあるんですか?
鬼海 いや、その人なりのあれがでるようなキャプションはつけますよ。その人から離れて付けることはないです。やっぱり読者が物語をつくって写真といっしょに立ち上がってこないと表現にならないですからね。でもその人を傷つけるようなものはぜったいつけないです。その人が思っているよりも格があがるような、威厳があるように言葉を選びます。
平田 じゃあ、その人が言ってないことをキャプションにしてることも?
鬼海 うんまあ、この人はこういうことを言いそうな人だな、と……。
三浦 相手が言ってることがほんとかどうかもわからないですしね。
鬼海 相手が見た時、相手がバカにされたと思うようなキャプションはつけませんよ……。しかし、繰り返しになりますけど、浅草は26のときから50年撮ってきたんです。なんでこんな淡々と同じことをつづけてきたんですかね。
三浦 好きだからじゃないんですか?
鬼海 そうね。おもしろいからね。答えがないからね。
平田 終点もない。
鬼海 最初っから被写体って感じの撮り方はしないんです。人間、その人の全体を撮ろうと思ってますからね。
三浦 シャッターを押して撮れてるかどうかは現像してみるまでわからない、賭けみたいなものって仰ってたじゃないですか。浅草でもやっぱり遅かったな、とかあるんですか?
鬼海 ないです。ちゃんと映ってます。だって、表現にはまぐれってのはないんですよ。
三浦 だいたいねらった瞬間が撮れている。
鬼海 そうです。圧倒的に生きることの威厳が映ってないと撮る意味がない。

 

 



自転車のある家

平田俊子

 2020年8月1日午後。小田急線の駅で三浦しをんさんたちと待ち合わせて、鬼海さんの家に向かう。闘病中の鬼海さんから時々電話をいただいたけれど、お会いするのは11ヶ月ぶりだった。
 玄関のドアの向こうに鬼海さん愛用の自転車があった。「もしもーし。今、自転車で多摩川を走ってるところ。風が気持ちいいんだよ」。以前そんな電話を鬼海さんからもらったことがあった。自転車の上の壁には鬼海さんの写真が飾られ、紛れもなくここは鬼海弘雄の家だと思った。
 リビングの椅子に鬼海さんとご家族がいらした。モルモットとウサギと2匹の猫もいた。鬼海さんの写真集や、写真関係のものを入れた箱が周囲の棚に並んだり積まれたりしていた。寛げる部屋であると同時に、緊張する空間でもあった。
 久しぶりにお会いした鬼海さんは終始笑顔だった。目にも声にも力があふれ、顔色もよかった。お話しするのは楽しかった。話しても話しても話し足りない感じだった。写真のことを知らないわたしが何をいっても鬼海さんは温かく受け止めてくれた。写真を撮るときも鬼海さんはこんなふうに相手を受け止め、受け入れるのだろう。自分の写真には厳しくても人にたいしては寛容だった。何年か前に神楽坂の「もー吉」で鬼海さん、しをんさんと飲んだ時のことをわたしは思い出していた。何を話したか覚えてないけれど、あの時も楽しくてずっと笑っていた。
 鬼海さんが亡くなったのは10月19日だった。鬼海さんの大きな写真がある「もー吉」はコロナ禍のため閉店することが9月に決まり、10月31日に店を閉じた。8月1日には鬼海さんがいて、神楽坂に行けば「もー吉」があった。「元気になったらもー吉で飲みましょう」と電話で鬼海さんはよくいっていた。わたしは今もそのつもりでいる。

 




夏の一日

三浦しをん

 夏の一日、平田俊子さん、筑摩書房のTさんとともに鬼海弘雄さんのご自宅にお邪魔し、お話しをうかがった。
 鬼海さんのおうちには猫が二匹とウサギが一羽とモルモットが一匹いて、みんな幸せそうに暮らしている。どの子もかわいくて、夢中で撫でた。鬼海さんも、そばに寄ってくる猫やウサギやモルモットを撫でながら話した。ものすごくなつかれている。鬼海さんは一見、強面っぽいけど、実際は優しくてフレンドリーなかただもんなと納得した。そりゃあ、動物からも愛される。
 私たちはたくさんしゃべり、笑いあった。とても楽しかった。おいとまするとき、鬼海さんは玄関までやってきて、私たちを見送ってくださった。私が鬼海さんとばったり遭遇するのは、たいてい飲み屋さんで(はじめてお会いしたときもそうだった)、すでにお互いが酔っ払いと化していることばかりだったが、やはり毎回楽しくしゃべった。今日は飲まなかったけれど、と私は帰り道で思った。つぎにお会いするときは飲めるだろう。いまもそう思っている。またどこかの飲み屋さんでばったり遭遇し、一緒に飲める日が来ると思っている。
 それまでは、鬼海さんとしゃべるかわりに、鬼海さんが撮った写真を眺める。個人的にとても好きなのは、増水した多摩川を眺める人々(と猫)の写真だ。静かだけれど、水面の下で流れが激しく逆巻いているだろうことがわかる。所在なさげに、というか暇そうに、たぶん知りあいでもないはずなのに近しい間隔で並んで川を眺めている人々(と猫)の心のなかが写っているような気がする。だが、写真も水面もあくまでも静かだ。あふれんばかりのおかしみとさびしさを湛えていて、時間を忘れてこの一枚をいつまでも眺めてしまう。そのうち私も、川べりにしゃがんでいるひとのなかの一人になる。鬼海さんも同じ川べりで水面を眺めているんじゃないかなと思う。
 また会える。いつでも会える。

 

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