鬼海弘雄

路地に流れる時間を見ている

鬼海弘雄インタビュー(前編)

2020年10月19日、写真家・鬼海弘雄がこの世を去った。無数のイメージが現れては消える現代社会にあって、地に足のついた確固たる写真の表現を追求し続けた稀有な存在だった。本特集では、さまざまな角度から、鬼海弘雄の作品と人となりとをたどっていく。
2020年夏、コロナ禍が一時的に下火になっていたころ、一時退院で自宅に戻られた鬼海さんの強いご希望で、旧知のお二人と鼎談がおこなわれた。写真家を志した頃の話から、写真に賭けた思いまで話は尽きなかった。前後編に分けて公開する。

路地に流れる時間を見ている──鬼海弘雄インタビュー(前編) 2020年夏

聞き手 平田 俊子
三浦しをん
撮 影 田川 基成
 
 

■「たまたま撮るってことはないですから」

鬼海 まずはプリントを見てください。これは『Shanti』にも載せたインドの写真です。
三浦 これはどこから撮ったんですか?
鬼海 ここにちょっと高い二メートルくらいの塔があるのよ。そこから撮ったんです。
三浦 この子たちは撮られていることに気付いていない?
鬼海 そう。撮られていることに気付いてていい写真になるのはめずらしいから、一瞬で。
三浦 じゃあ、カメラは見てるけど、振り返った瞬間とか。
鬼海 そう、そういう瞬間ですね。そのために、コンニチワとか言うんですけどね。
三浦 それじゃ不審者じゃないですか(笑)急に外国の人に話しかけられてびっくりして。日本語で言うんですか、コンニチワって。
鬼海 それは、ナマステとか向こうの言葉でね。

 

平田 こちらの写真は三対三で面白いですね。
鬼海 対角線にいるこの子とこの子がね、指を口に入れてるんです。
三浦 どうしてこんな瞬間が撮れるんですか?
鬼海 見て待ってる。こういう路地に集まって時間をつぶしている風景というか、路地に流れる時間そのものというかね。そういうのを見ながら待ってるんです。
平田 これはみんな同じ村ですか、ちがうところ?
鬼海 みんなばらばらですね。
平田 どこで撮ったか覚えているんですか?
鬼海 そりゃ覚えてますよ。これがどれほどの、レアチャンスか。たまたま撮るってことはないですから。この写真だと、ここにガンジス川があって、橋のないどぶを渡って村に出たところだなってわかります。
三浦 橋のないところを渡って?
鬼海 河口に近いところは渡れませんけど、ここはガンジス川から4キロくらい離れた支流なんです。ベナレスは旅行者がみんな行きますけど、ここまで行く人はあんまりいなくて、みんな子どもが自然なんですよね。
平田 それにしても子どもが多いですね。この写真は鬼海さんを見て笑ってるんですか?
鬼海 これは昼寝をしてて起きた瞬間なんですよ。日陰にベッドが置いてあって、じいさんが寝たり、子どもが寝たりね。これ粗いから痛いんですよ。それで毛布を巻いてる。でもこの毛布から出てる足ね。これがないといかにもねらった写真になりますけど。

 

平田 いい瞬間を撮りますね。
鬼海 見るときは全体を見てるんですよね。どうなっているのか。一瞬でぱっと。
平田 連写はしないんですか?
鬼海 私はそんなにフィルムを使わないんで。いまどきのカメラは1秒間に20枚とか撮れるんですけど、それじゃ絶対逃しますよ。やっぱり居合抜きの技術と同じで自分の目で見て撮った方がたしかに撮れる。
平田 でも見て、構えて、押してって何秒かはかかるでしょう?
鬼海 それは一応長い間やってますから、予期してね。わかるんですよ。その時間が読めない人は撮れないです。全体を見て、次どうなるかって予想ができてないとそれは逃がしますよ。
平田 鬼海さんといえども若い頃は逃した(笑)
鬼海 逃しっぱなしですよ、いまだって(笑)
三浦 しかも現像してみるまでわからないですもんね。
鬼海 そうです。
三浦 現像室でがっかり、なんてこともあるんですか?
鬼海 でも前後は撮ってあるからね。これじゃなくても一定の水準のなかには入ってるから、たぶん……
平田 ああ遅かった、撮れなかった、って悔しいこともありますか?
鬼海 それはいつもですよ。

 

2021年1月8日更新

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鬼海 弘雄(きかい ひろお)

鬼海 弘雄

1945年、山形県寒河江市生まれ。代表作として、市井の人の醸し出す存在感と向き合うポートレイト『PERSONA』、人々の営みの匂いを写し出す、町の肖像『東京迷路』、インドやアナトリア(トルコ)「スナップ紀行」のシリーズがある。写真を通じて人間の存在の根源的なあり方を捉えようとしている。
1988年『王たちの肖像 浅草寺境内』で日本写真協会新人賞、伊奈信男賞、1993年『INDIA』で「写真の会」賞、2004年『PERSONA』で土門拳賞、日本写真協会年度賞など受賞。2020年10月19日没。

平田 俊子(ひらた としこ)

平田 俊子

1955年、島根県生まれ。詩人。立命館大学文学部日本文学専攻卒業。83年「鼻茸について」その他の詩篇で現代詩新人賞受賞。84年の第一詩集『ラッキョウの恩返し』で注目される。98年『ターミナル』で晩翠賞受賞。2000年、戯曲「甘い傷」で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞受賞。04年、詩集『詩七日』で萩原朔太郎賞受賞。05年、小説『二人乗り』で野間文芸新人賞受賞。16年、詩集『戯れ言の自由』で紫式部文学賞受賞

三浦 しをん(みうら しをん)

三浦 しをん

1976年東京生まれ。2000年、『格闘する者に◯』でデビュー。06年、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。12年、『舟を編む』で本屋大賞受賞。15年、『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞受賞、18年、『ののはな通信』で島清恋愛文学賞受賞。
小説に、『月魚』『秘密の花園』『風が強く吹いている』『星間商事株式会社社史編纂室』『神去なあなあ日常』、エッセイに、『あやつられ文楽鑑賞』『お友だちからお願いします』など、著書多数。近著に『愛なき世界』『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと』(原武史氏と共著)がある。

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