十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス

第13回 あなたの人生を阻害(そがい)する親という存在について

寺子屋ネット福岡の代表として、小学生から高校生まで多くの十代の子供たちと関わってきた鳥羽和久さんの連載第13回。「あなたのため……」と言ってるけど、親が本当に心配しているのは誰のため?

この連載は大幅に加筆し構成し直して、『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)として刊行されています。 刊行1年を機に、多くの方々に読んでいただきたいと思い、再掲載いたします。

親は真綿(まわた)で首を絞めるようにあなたの生きる力を奪う

何年も前のことなのに忘れられないのですが、毎日の仕事が忙しすぎる小5の子(さくらさん)のお母さんが、「うちの子、私がいくらかまってあげられなくても、泣いたり甘えたりしないんです。私が仕事で疲れてると、大丈夫? 疲れてるんだね? と気遣(きづか)ってくれるやさしい子なんです」と泣きながら話しているのを聞いて、私は血の気が引く思いがしました。

その話を聞いた2日前に、私はさくらさんとおしゃべりをしていました。そして、そのときに彼女がにこにこしながらまるで面白いことのように話してくれたことが、頭にこびりついて離れなかったのです。

「最近、お母さんが仕事でめちゃくちゃ疲れて帰ってくるから、話しかけてもずっとずっとイライラしてるんです。昨日の夕方、お母さんがまだ家にいないときに偶然、お母さんがにっこり笑っている写真を見つけて、お母さんが笑ってる、笑ってる……って言いながら、私、泣いちゃって、あははー。」

お母さんがいないときにひとりで泣いたさくらさん、そして、泣いたり甘えたりしないさくらさんを「やさしい子」とほめるお母さんから話を聞いていると、親はこうして子どもに「お母さんはいま私に何をしてほしいかな?」と考えさせることで、その心を支配するのだということがよくわかります。

さくらさんはただ、疲れた親を気遣っているだけのつもりでしょう。親の方だって、やさしいさくらさんに感動しているだけで、何の悪気もありません。でも、悪気がないままに子どもから抵抗力を抜き取り、真綿で首を絞めるようにじわじわと子どもの生きる力を奪う、そんな親はとても多いのです。

さくらさんが親を気遣って声を掛けたとき、彼女は自分の心を思いやるという肝心なことが十分にできていませんでした。そこには、泣いたり甘えたりしたいさくらさんの心を救ってくれる人がいないんです。大好きなお母さんは自分のことで精いっぱいで、さくらさんを救うどころか見殺しにして、しかも救われない心を宿したままのさくらさんを「やさしい子」とほめそやすのです。なんて怖ろしいんでしょう。

あなたは今日も親のために我慢し続けていませんか? そうやって、自分の人生を少しずつ損(そこ)なわせることで、しまいに破滅してしまったらどうするんですか? 何を大げさなと笑う人は、笑い飛ばしたらいいですよ。でも、もし心あたりがある人がいたら、早く親を(精神的に)殺してしまったほうがあなたの身のためです。

親の醜悪(しゅうあく)さが際立(きわだ)つ受験という現場

「小受」「中受」などのまだ幼い子どもたちの受験をめぐる現場は、その主体が(受験する子ども本人ではなく)親にあるために、醜怪(しゅうかい)極(きわ)まりない親の心理が表に出やすいところがあります。

小学校受験の勉強で難しい「さんすう」の問題が解けてうれしくなったSくんは「さんすう、好きー!」とお母さんに言いました。お母さんもうれしくなって、「解けたのすごいねー! お母さんもうれしー! これからもがんばろうねー!」と言います。そしてSくんは「がんばるー!」と満面の笑みでこたえます。

そのわずか1か月後にお母さんがSくんに吐いた言葉は、「あなた、さんすうが好きだからがんばるって言ってたよね?」でした。こうしてSくんの「好き」は死んでしまいました。「好き」を質に取ることほど残酷なことはないのに、それを平気でやってしまう親はたくさんいるのです。

Tさんの中学受験不合格という結果を受けて、彼女のお父さんが面談で嘆いていました。「私と妻は娘の主体性を育てようと努力してきたんです。娘の夢を家族みんなで叶(かな)えようって、精いっぱい協力してきたんです。でも、家族の努力は報(むく)われませんでした。娘が身につけたのは、家族を騙(だま)すための「学習しているフリ」だったんです……。あの子には失望しました。」

Tさんのお父さんは何もわかっていません。夢を言わせたのも、主体性をつぶしたのも、フリをさせたのも、お父さん、あなたですよ。私はそう言ってやりたかったです。

こういうときの子どもって、ほとんど無意識に、親が自分に求めた道が間違っていたことを証明するために、親の投資が無駄であったことを裏づけるようなふるまいをしているんです。これは親に自分を否定され続けた子どもにとってのギリギリのレジスタンスであり、Tさんはへたに受からなくてほんとうによかったんですよ。

親は生真面目(きまじめ)に渾身(こんしん)の力で子供の主体性をつぶす存在です。だから、子どもの邪魔をしない親というのは、それだけで立派だと思います。

親はあなたを「別の現実」に巻き込む

あなたの成績はぜんぜん上がらないね。うちの子は〇〇ができない。そんなふうに親はあなたのことを否定しがちです。そうやって親があなたの問題点を言い立てるのを聞いて、あなたはそれをそのまま鵜呑(うの)みにしてしまうことはありませんか?

でも、あなたに覚えていてほしいのですが、親というのは「問題点をでっちあげることで別の現実をつくる」という狡猾(こうかつ)な手口であなたを支配しようとするのです。

例えば、「あなたの成績が上がらない」「あなたは〇〇ができない」と言っている親は、9割方あなたの現状が自分の理想に追いついていない(もしくは、自分の趣味に合わない、気に食わない)からそう言うわけです。つまり、単に親の理想が高すぎるのが問題(または単なる親の趣味の問題)なのに、それをあなた固有の問題点にしてしまうわけですね。

あなたは親に「できない」と指摘されれば当然、できない私には問題があるんだ……と考えてしまいます。そうなるともう、親の思うつぼですよ。あなたはもう、「あなたに問題がある」という親が設定した思考の枠組みでしか考えられなくなります。こうして親とあなたの間に「別の現実」が共有されることになるのです。

これを親からやられ続けた子どもは、変にプライドだけが高くなります。「別の現実」を内面化した子どもは、すっかりそれを自分の問題として引き受けてしまいますから。だから、私がこんな話をしているのを聞いたとしても、あなたは「いや、成績が上がらないのは私の問題だ」と抵抗するかもしれません。だって、あなたは親が設定した現実の中で「やればできるはず」「ほんとうはもっとできる子」という希望にすがって生きてきたのですから。

でっち上げられた「別の現実」に染まってしまったあなたは、すっかりもとの現実を見る目を曇らせられてしまっているんです。だから、他人から植え付けられた虚(むな)しい現実を脱ぎ捨てない限り、救われようのない荒野をあなたは生きることになってしまいます。

自分独特の生き方のために

いまの親たちのほとんどは、子どもに理解があります。無理強(むりじ)いはいけない、子どもの意見を尊重しないといけないと考えています。あなたの親も多かれ少なかれ、そういう傾向があるでしょう。実際、親たちがあなたに対して一方的に義務や禁止の押し付けをすることは、それほど多くないはずです。

しかし、彼らは狡猾にも、自分が設定した思考の枠組みにあなたを招き入れることで、あなたが別のしかたで思考できないようにします。そして、いったんその状況ができあがってしまうと、あなたはみずから進んで判断しているのにかかわらず、いやむしろ、あなたがみずから判断しているからこそ、親は自分の手をいっさい汚すことなく、自分の願望を叶えてしまうことがあるのです。

このような枠組みの中で生きることを強いられたあなたは、いつの間にか自分独特の生き方を手放してしまいます。あなたはいまや、自分の願望と親の願望の区別がつきません。そして、あなたは人生のどこかで、親の期待通りにできない自分に出くわして、ふがいない自分を嘆きます。そして、親に対して済まないと思うようになります。

でも、あなたは済まないなんて思わなくていいんです。だって、あなたが自分のことをいちばん理解してくれていると思っている親、だからこそ報いなければならないと思っている親は、実はあなたのことなんて何もわかっていないからです。

その証拠に、か弱いあなたは、みずから進んで親の想像どおりのあなたになろうとするじゃないですか。親がわかったような顔で「あなたはこういう子ね」と言った通りのキャラクターに同化しようとするじゃないですか。理解してくれない親に受け入れてもらうために、あなたは別の自分になることさえ厭(いと)わないのです。

でも、親というのは、心の深いところではいつも、あなたとの無理心中を企図(きと)するような身勝手な存在なんです。そんな親の前で、無防備に身を擲(なげう)つあなたはあまりに危うい。だからあなたは、親の身勝手さに震撼(しんかん)しながら、そのぎゅっと抱かれた両腕から確実にすり抜ける方法を、少しずつでも見出(みいだ)していかなければならないのです。

※本連載に登場するエピソードは、事実関係を大幅に変更しております。
 

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