昨日、なに読んだ?

file7.山戸結希・選:
映画を夢見る時に読む本

村田沙耶香『コンビニ人間』、中川右介『角川映画 1976-1986 日本を変えた10年』、川上未映子『きみは赤ちゃん』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【山戸結希(映画監督)】→三宅陽一郎(ゲームAI開発者)→???

小説は手渡されるものになった。
映画のために。
もはや純然な読書は、生活から消えた。
漫画も、詩集も、ノンフィクション作家の本も、映画のための本になった。
本棚は盛り場、書店は狩り場。
世界は映画を作るための資料庫。
交わされるすべての言葉は、映画のためにだけ編み込まれ、
その先の結実を夢見た。
そして何人もの人が、同じ小説を私の目の前に置いた。
それが『コンビニ人間』(村田沙耶香、文藝春秋)だった。

まず監督を口説く作法として、
「これはあなたにしか撮れない。他の監督が撮ったなら陳腐な苦悩に堕してしまう。あなたにしか撮れない、だからあなたが撮るべきだ」
そういう語り口が定石としてあって、
でも私は愚かにも、それを心の深い部分で信じてしまうことになった。

こらえきれずに抱きしめたくなった。
本を?
主人公を?
作家を?
美しい人だったな。
あの人の美しさは、根の深い寂しさから来ている。
彼女自身を撮るなら、きっとそう思って彼女を撮った。
輪郭に絶望があって。
断絶する場所にだけ、文字が光となって射し込みうる。
私小説とは違う、個別の生きてきた、孤独な魂。
そういうものが焼き付いているものだけが芸術だと思った。

とても申し訳なさそうに、「実写化権取れなかったです」と、
また何人もの方がご連絡を下さった。
でもあの時間が幸福だった。
もしも私が『コンビニ人間』を映画にできたなら、
そんな問いを忘れて、『コンビニ人間』を読みふけった。
瞳に孤独を張り付かせて。
泣きたかったけど、泣かなかった、
それが唯一の矜持にも思えたから。
抱きしめたい映画の夢を見た時間。

 †

――「あなたの映画は、角川映画を思わせる」
たとえ青春映画を撮った監督へ対するの賛辞としての、
ある種の定例文と化していても。

『角川映画 1976-1986 日本を変えた10年』(中川右介、KADOKAWA)
この熱く暖かい本を通して、
あの表面的かもしれない言葉の連なりすら、
私は真芯に受け止めることになってしまう。

角川文庫と角川映画の、どちらがどちらへの寵愛か。
小説が映画の夢を見るのか、
映画が小説の夢を見るのか。

そして革命。
スター映画であることはもちろんとして、
映画自体が、一番星のような輝きを放つこと。

魂だけが、夢を見ることができる。
あまりに生硬な夢だとしても。
個人的な継承は、文化においてだけ、許された余白だ。
これから何度日が巡っても、角川映画を思わせる映画を、
私自身が思いを馳せながら、作ることが許されるならば。
青くてあわれな春だった、
でもそれでも、どうしても熟す日が来てしまうのなら、
今私は東京を泳ぐことしかできない。
映画を一番星にする余白がこの夜空に広がっている。

 †

気付くと恋人と、これからどう生きるべきかを話している。
それは、どういう映画を撮るべきかという題でしかなく、
ただずっと未来の映画の話をしていることになる。
だから恋をしているのか、映画を作っているのか、わからなくなる。
「あなたはどんな映画を撮りたいの?」

川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』(文藝春秋)というエッセイがある。
映画ではない。
けれども永遠に続く命を身籠っている。

きっと孤独は、膨らむことでしかない。
誰と連れ添っても、魂を癒してくれるのは、
書くことでしか、撮ることでしか、ないのだろう。
川上さんの書く言葉、描く世界に触れると、
まだ生きて、そして映画を撮るのだと思う。
そんなこと、言葉で書いてはいないのに。
でも、そう全身で思う。
心の底からそう信じることができる。
きっと、日本中の女の子がそんな気持ちで彼女の言葉を愛している。
個人の魂と、世界の境界に立つ教会で、
ひとつの命が生み落とされた。
私たちは作るしかない。
めくるページの向こうから、手を差し伸べられる。
そこでだけ、出会えるあなたを愛す。
恋をしているのか、映画を作っているのか、分からなくなりながら。

 

 

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