人生がときめく知の技法

第7回 間奏 降臨! エピクテトス先生。上司にムカつく30代男性の相談に答える!(後篇)

 

吉川 前回より、エピクテトス先生をお招きして、読者から寄せられた悩み相談に乗っていただいています。

先生 うむ。隔週更新というのはなかなか忙しいものだな。

山本 相談者はIT企業に勤める30代のエンジニア男性。5歳年下の女性が上司になったのだけれど、コンピュータの専門知識もないくせにいろいろと指図してくるのが気にくわない、という内容でした。

吉川 先生は開口一番、度量が小さい! と一喝されて。

山本 自分が怒られているみたいだった(笑)。

吉川 先生の導きのもと、相談者のようなプレーヤーと、上司のような監督者とでは、組織における役割がぜんぜん違うじゃないかという話になりました。

 

■「上司が年上の男ならよかったのか?」

山本 それで先生、彼はどうすればいいんでしょう? 役割が違うといっても、上司の仕事を理解しようと努めることはできそうですね。

先生 むろん。

吉川 ただ、この人の場合、年下の女性が上司という状況自体に不満を持っているようだね。はたして理解したいと思うんだろうか。

先生 ならばこう言おう。いったい君は、いい仕事をしたいのか? それとも他人の地位を気にして余計な心配で気を揉みたいだけなのか?

山本 いい仕事をしたいが、上司が気になってしまう、というのが実情でしょうか。

先生 では、この場合、君の権内にあることはなにか?

吉川 ええと、チームのプレーヤーとしての仕事でしょうか。

先生 さよう。君がその組織でなすべきは、自分の専門能力を活かして最大限よい仕事をすることではないのか。上司が年下の女性だって? それによって君が自分の専門能力を発揮することにいったいどんな支障があるというのか? 年上の男性ならよかったのか? 上司が君と同じ専門知識を君よりはるかに持っていたらよかったのか?

吉川 うう……そう問われたら、たしかに、つまらないことで悩んでいるような気にもなってきます。上司が女性だから仕事ができないなんて言うのはしょうもないし、監督者が専門家よりも専門知識を持っていないといけないなんて不合理だし。

山本 そもそも基本的に、自分以外の人というのは、自分にとって権外の存在ですものね。

吉川 どうにかしたいと思っても、思い通りになるものじゃない。

 

■ 権内の範囲でベストを尽くせ!

山本 自分のことにしたって、完全に権内とは言えないよね。例えば、この人の仕事がプログラミングだとして、常に一発で完璧な、間違いのないプログラムを書くのは難しい。規模が大きくなれば、見落としや勘違いも生まれるからね。

吉川 時にはぼんやりしてしまってうまく書けないこともあるだろうし。

山本 日によっては熱を出して休んだりもする。

先生 そう、我がことだからといって、完全に権内にあるとも言い切れない。しかし、権内にある範囲で最善を尽くすことはできる。

山本 悩み相談というよりは、悩みの不適切さを考え直す相談になってきましたね……。

吉川 すると先生、この相談は、まさに先生のいう権内と権外の混乱から問題がもつれてしまっている例ということでしょうか。

先生 まさしくそうだ。そして、そのもつれをほどくことで、当初の問いがつくりかえられるわけだ。

山本 すると、こういうことになるでしょうか。彼がなすべきことは、自分の専門技能を活かして、組織において与えられた仕事が最良のかたちになるよう目指すことだと。

先生 そのとおり。

吉川 では、上司についてはどう考えたらよいでしょうね? 少なくとも年下で女性であるという点は気にしても仕方がないとして。

先生 監督者について考えるべきことがあるとすれば、監督者がその役割を適切に果たしているかどうかだ。ただし、この相談者の男が、監督の仕事を適切に判断できるかどうかはまた別の話だ。

吉川 それこそマネージメントという能力に照らしてこそ判断できる。

山本 いずれにしても、適切にマネージできているかどうか、それを議論することはできるし、この場合、理にかなっているね。

先生 もし監督者がなすべき仕事を適切に果たしていないのなら、そのことについて当人なり、さらに上の人間と検討すればよい。だが、仮に役割や技能の区別もしないまま、これと同じ相談を、他の人やさらに上の立場の者に訴えたところで、一笑に付されるのがオチであろう。

吉川 たしかにそうでしょうね。しかし、組織におけるそれぞれのメンバーの役割や技能を判断するというのも、なかなか難事業ですね。

 

■「理性」という能力

先生 そうだ。簡単なことではない。しかし、不可能というわけでもない。

吉川 というと?

先生 なぜなら、我々は権内に理性という能力をもっているからだ。これこそ、我々人間が唯一、権内において自由に行使することができる能力だ。

山本 理性、ですか。

先生 さよう。

吉川 この連載では、権内/権外の区別のところまでご紹介しましたが、先生の理性についての所説はまだこれからです。

先生 そうか。

山本 そういうわけで、次回からは再び不肖の弟子ふたりの対談に戻り、我々の権内にある唯一の能力としての理性についてのお説を解説します。

吉川 理性の勉強をした後に、あらためて先生にご登場を願い、いろいろ教えていただきたく思います。

先生 うむ、わかった。

山本・吉川 先生、今回は本当にありがとうございました。またよろしくお願いいたします。

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