人生がときめく知の技法

第18回 ストア哲学の体系(その二)

 

ゼノンの最期

山本 前回はストア派の由来について話しました。

吉川 柱廊(ストア)で講義をしたから柱廊派、つまりストア派だと。

山本 うん。そして紀元前4~3世紀にゼノンが創始したと

吉川 ずいぶん変な死に方をしたんだよね。それしか覚えていない(笑)。

山本 ゼノンはある日、柱廊を去るときに躓いて転び、足の指を折ってしまった。そして「いま行くところだ、どうしてそう、わたしを呼び立てるのか」と劇の台詞を口にして、自分の首をしめて死んでしまったという。

吉川 これがストア派的な生き方(/死に方)を象徴するエピソードとして語られることもあるんだよね。

山本 うん。紀元3世紀のディオゲネス・ラエルティオスが書き残しているエピソードなんだけど、ひょっとすると、ストア派のストア派たるゆえんを表すために創作されたものかもしれない。

吉川 そもそも誰がゼノンの最期の言葉を聞き届けて伝えたかという疑問もあるしね

山本 そうそう。ディオゲネス・ラエルティオスの列伝は、そういう見てきたように書かれたエピソードが満載でいささか面白すぎるんだけど、どこまで真に受けていいのか困るよね(笑)。

吉川 ゼノンの死の場面もね。どちらにしても、これがストア派的だというのは、まだよくわからないところがあるなあ。

山本 哲学の教科書や解説書などをひもとくと、ストア哲学の解説として「自然と一致して生きる」というモットーが紹介されているじゃない?

吉川 うん。どの本にも書いてあるね。

山本 おそらくゼノンは、というか少なくともこのエピソードのなかでのゼノンは、転んで足の指を折ったとき、それを自然からのなんらかの合図と受け取ったんじゃないかな。

吉川 どんな合図だろう。「お前はそろそろこの世から退場してもいいんじゃないか?」的な合図かな。

山本 そうそう。それで、自分は天寿をまっとうするだけ生きたと確信した。

吉川 だからこそ「いま行くところだ、どうしてそう、わたしを呼び立てるのか」と語ったわけだ。

山本 実話か創作かはともかくとして、このエピソードは「自然と一致して生きる」というストア派のスローガンをシンプルに表現する役目を担ってきたんだろうね。

 

■「自然と一致して生きる」とは?

吉川 それはそうとしてさ、「自然と一致して生きる」というスローガンなんだけど。

山本 うん。どうした?

吉川 このフレーズを聞いたとき、われわれの多くがまっさきに思い浮かべるのは、おそらくゼノンの最期のような場面じゃないよね。

山本 たしかに。

吉川 現代日本の言語感覚では、「自然と一致して生きる」というスローガンは、なんというか、大自然のなかで大自然とともに生きていこう、みたいに受け止められかねないような気がする。

山本 自給自足とかエコな暮らしとか、古くはヒッピー的な暮らしとか。

吉川 そうそう。もちろん一概にそういう暮らしがいけないとは思わないんだけど、ストア哲学における「自然と一致して生きる」とはちょっと違うよね。

山本 そうだね。それで言えば、「自然な欲求に従って生きよう」みたいなイメージを抱く人もいるかもしれない。

吉川 本能を解放しよう、好きなように生きよう、みたいな。

山本 うん。

吉川 これも必ずしも一概にいけないとは思わないんだけど、ストア哲学における「自然と一致して生きる」とはちょっと違う。

山本 2000年以上前に活動したストア派の人びとのスローガンを、現代日本の言語感覚だけで類推しようとすると、そういう誤解が生じてしまうかもしれない。

吉川 断片的な言葉を受け取って、それを自分の感覚にフィットさせて理解するのも悪くないけれど、その文言を発した人の意図に沿って理解しようという場合にはそれでは足りない。

山本 Twitterなんかを眺めていても思うけど、自分を含めて人は結構、断片的な言葉を目にして「やっぱり!」とか「けしからん!」とか「よかった!」とか、言ってしまえば勝手に自分に引き寄せて捉えるよね。

吉川 ニュースの紛らわしい見出しを見て、「そんなことだろうと思ってた」と、事実とは異なる解釈をしたりね。

山本 そうそう。いま思ったんだけど、エピクテトス先生の教えに照らすと、よそからやってきた情報や言葉を、どう解釈するかは、果たして自分の権内なのか権外なのか。

吉川 それは面白いね。言葉や状況を目にしたときって、感覚的に言えば、自分で判断するより前に解釈が働いたりすることがある。

山本 Twitterのタイムラインにモーガン・フリーマンの写真が流れてくると、「え、とうとう亡くなってしまったのか……」と思い込んだりして。

吉川 あるいは「ああ、またデマか」って読み流すとかね。

山本 こう考えると、言葉を受け取って解釈することは、必ずしも権内だけの出来事ではないとも言えそうだね。

吉川 この点は、ストア学派についての検討を進めるなかで、あるいはその後で詳しく考えてみようか。

山本 で、話を戻すと、古代哲学のスローガンを、現代の言語感覚だけで類推するには無理があるということだった。

吉川 うん。ストア哲学の「自然と一致して生きる」は、大自然のなかで生きることとも、自然の欲求に従って生きることとも、必ずしも一致しない。そこのところはとりあえずはっきりさせておきたいね。

山本 そのうえで、じゃあ「自然と一致して生きる」って、実際のところどんな生き方なの? ということになる。

吉川 うん。次回からそこを考えてみよう。

 

 

 

 

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