人生がときめく知の技法

第26回 ストアの倫理学(その二)

 

徳は学べる!

山本 前回からストアの倫理学について勉強しています。

吉川 うん。なんていうか、とても現代的に見えるね。

山本 というと?

吉川 頭ごなしに「人間かくあるべし」と言うんじゃなくて、人間をじっくりと観察したうえで、どうしたらよいかを考えようとしている。

山本 そうだね。「かくあるべし」と言われて、人が「ハイ、ソーデスカ」となればいいけど、たいていは、そんなふうにできたら苦労しないという話だよね。

吉川 「かくあるべし」という物言いにたいして、むしろ反感さえ覚えることもありうる。

山本 そこへ持ってくるとストアの倫理学は、自分が衝動に左右されやすいことを認めたうえで、それをいかにコントロールするかが大事だというわけだ。

吉川 その観察眼はほとんど科学的といってもいいくらいだね。

山本 うん。行動経済学なんかをほうふつとさせる。

吉川 大昔の人たちだし、もっと頑迷なのかと思ってた。

山本 あはは。

吉川 偏見だったね。すんません。

山本 今も昔も関係ないね。

吉川 昔といえば、「徳は教えられるのか?」というのは、ソクラテスの時代からの倫理学の大問題だよね。

山本 プラトンの対話篇『メノン』にも激論の模様が記されている(★1。けっきょく結論は出ないんだけど。

吉川 ストア派は、この問いに「教えられる」と明快に答えるんだよね。そこが興味深い。

山本 裏返していえば、学ばなければ有徳な人にはなれないということだ。

吉川 前回も確認したように、ストア哲学において、論理学と自然学は倫理学の準備学という側面がある。

山本 これも裏返していえば、論理と言葉の用法を学び、自然についての知識を学ぶことが、倫理的によりよく生きる条件であるというスタンス。ストア派の学頭たちもこう言っている。

 

また、それが──というのは、徳のことであるが──教えられうるものだということについては、クリュシッポスも『(究極)目的について』第一巻のなかで述べているし、またクレアンテスも、そしてポセイドニオスは『哲学のすすめ』のなかで、さらにはヘカトンも述べていることである。そして徳が教えられうるものだということは、劣悪な人たちが善い人間になっているという事実から明らかである。(★2

 

吉川 もし、徳のありなしが生まれつき決まっているとしたら、学ぶことにたいするモチヴェーションもダダ下がりだよね。

山本 学ぼうが学ぶまいが関係なくなっちゃうからね。

吉川 「※ただしイケメンに限る」みたいな。

山本 イケメンでなくてもチャンスはあるというわけだ。

吉川 がぜんやる気が出てきた。

 

ストア哲学のアップデート?

吉川 とはいうものの……。

山本 うん?

吉川 そもそもこの連載の目的はなんだったっけ?

山本 どうしたの急に。「人生がときめく知の技法」を学ぶことかな?

吉川 そう。それでね、ストア派の教えに従って、論理学と自然学を学ぶ必要があるとはいっても、2000年前の論理学・自然学と現代のそれらとは、かなり違うよね。

山本 うん。学問の中身もそうだし、政治制度や社会の仕組みなんかも、ずいぶん異なるだろうね。ゼノンがストア派を創始したのは戦争にあけくれる都市国家の時代、エピクテトスが学びはじめたのはローマ帝国の暗帝ネロの時代。

吉川 だよね。現代社会とはだいぶ違う。

山本 そのまま受け取るというよりは、ストア派のスピリットを活かしながら、ストア哲学を現代的にアップデートする必要があるだろうね。

吉川 そのとおり! この数回、ストア哲学の体系を歴史から学んできて、それはそれでたいへん興味深いものだったわけだけど……。

山本 ストア哲学をわれわれ自身のために活かすには、それが現代の政治・経済・文化・社会の文脈にマッチするよう、われわれ自身が工夫しないといけない。

吉川 そう、そこが気がかりだったんだ。

山本 じゃあ、ちょうど論理学・自然学・倫理学のあらましに触れたところで、歴史上のストア哲学についてのお勉強はここらで終わりにして……。

吉川 次回から現代に舞い戻ろう。

 

1──プラトン『メノン』藤沢令夫訳、岩波文庫

2──ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(中)加来彰俊訳、岩波文庫、277

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