T/S連載開始記念対談

想像力の届かせ方を創造する(3)
演劇と小説のあいだで

気鋭の劇作家・藤田貴大さんの虚構的自伝小説「T/S」のPR誌『ちくま』での連載開始を記念して、お互いにリスペクトしあうお笑い芸人・作家の又吉直樹(ピース又吉)さんとお話しいただきました。最終回は、いまの他者への想像力を欠いた世界の中で、表現になにが出来るのか。いちばん大事にしたいことはなにかを語り合います。お楽しみください。

■お客さんとうまく契約を結ぶには

藤田 小説はいきなり始まるという話で言うと、ちょっとその例とは違うんですが、いきなりトップギアで入ってくる作家さんが怖いんです。例えばの話なんですけど、女性作家さんが冒頭で「わたしは男の〇〇が嫌いだ」と言い切っちゃうパターンがあるとします。そうやって最初から壁を立てられると、男としてはもう絶対そこには入れないわけ? と思ってしまう。まず読者に線引きを強いてしまう作品って、怖さとともに息苦しさを感じてしまうというか。
又吉 読者と作者がうまく契約を結べないわけですね。
藤田 そうですね。「契約」って感じです。どのタイミングでお互いが認証されるかって、前に漫才の話で言われてましたけど、やりながらどこでどのくらい笑いが出るかというお客さんの反応で、だんだん客席に身体を開いていくとかあるわけですよね。僕の舞台でも、どのタイミングで、これはこう観てもいいと思えるようになるスイッチをすごく細かく設定していて、特に序盤は大事ですよね。うまくお客さんとの間で契約を交わせなければいけない。
又吉 僕もけっこうゆっくり入っていくタイプですけど、藤田さんの話を聞いていると、逆に冒頭からマックスで入るのも面白いかもしれないですね(笑)。
藤田 それで違和感なく進められるようになったら、ひととしてフェイズがひとつ上がるのかもしれない(笑)。いきなりキメキメで入れるのは、さっきの話じゃないけど相当強いクスリを打たれたひととか、単なる天才じゃなきゃ無理ですよね。
又吉 僕らの場合、創作が日常に近すぎるのかもしれなくて、みんな、もうちょっと疑問を持たずに「小説」を書くということにすっと入ってる気もします。ド頭からギンギンのテンションで行くには、僕なら書くまでに実生活ですごいハイになる流れとかがないと無理ですね。
藤田 『cocoon』で言うと、冒頭でいきなり青柳が正面向いて現れて「あの夏――」なんてやりだしたら強すぎると思うんです。だから僕は舞台のはしっこや面を切らない角度にしちゃうんだけど、それぐらいじゃないとうまく入れないと思う。だって、70年前の沖縄の戦争ですからね。やっぱりそこにいきなり連れていくのは難しい。でも蜷川さんなんかは客席からいきなり役者がばーっと出てくるとか、冒頭からトップギアで持っていくわけで、これが出来るのはどういう精神状態なんだろうと思いました(笑)。すごい覚悟をもって演劇をやってるなと。
又吉 覚悟はあるかもしれないですね。僕もこういう話が一回出来たから、照れがなく書くことが出来たと思うんです。だから、ここで話をしたから冒頭からテンションを上げていく小説も書けるかもしれない(笑)。
藤田 そうか。小説家のひとは舞台をやっている僕と違って、日々「小説」のことを考えて高めているから、それが出来るのかもしれないですね。小説家の中でも僕が演劇でお客さんと契約を交わしていく手続きみたいなことがあって、じゃあ小説としてそれをやっていけばいいんだという気がしてきました。

2018年3月27日更新

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藤田 貴大(ふじた たかひろ)

藤田 貴大

1985年4月生まれ。北海道伊達市出身。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。2007年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。作品を象徴するシーンを幾度も繰り返す“リフレイン”の手法で注目を集める。2011年6月―8月にかけて発表した三部作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。以降、様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作にも意欲的に取り組む。2013年に太平洋戦争末期の沖縄戦に動員された少女たちに着想を得て創作された今日マチ子の漫画『cocoon』を舞台化(2015年、2022年に再演)。同作で2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。その他の作品に『BOAT』『CITY』『Light house』『めにみえない みみにしたい』『equal』など。著作にエッセイ集『おんなのこはもりのなか』、詩集『Kと真夜中のほとりで』、小説集『季節を告げる毳毳は夜が知った毛毛毛毛』がある。
(撮影・篠山紀信)

又吉 直樹(またよし なおき)

又吉 直樹

1980年大阪府生まれ。高校卒業後、NSC東京校へ入学。綾部祐二氏とお笑いコンビ「ピース」を結成し、人気を博す。芸人活動と並行して執筆した小説『火花』で第153回芥川賞を受賞。2016年にドラマ化、17年に映画化され、いずれも好評を博した。他の作品に『劇場』など。