単行本

懐かしい町で待っていたのは旧友と謎
『この春、とうに死んでるあなたを探して』(榎田ユウリ著)書評

PR誌「ちくま」5月号からライターの瀧井朝世さんによる、榎田ユウリさんの新刊文芸書『この春、とうに死んでるあなたを探して』の書評を公開します。〈妖琦庵夜話〉や〈宮廷神官物語〉などヒットシリーズ多数の榎田ユウリさんの最新感動作、その読みどころとは? ぜひご覧ください。

 舞台は東京城南地区の住宅地、大田区雨森町。架空の場所だ。現在三十八歳、元税理士の矢口弼は中学三年生の時に越して以来、二十三年ぶりにこの町に帰ってくる。そこで思わぬ謎に巻き込まれ、文字通り東奔西走するはめに――。コミカルな文体ながら過去との対峙と人生のリスタートを真摯に描く『この春、とうに死んでるあなたを探して』。著者の榎田ユウリは、角川ホラー文庫の〈妖琦庵夜話〉シリーズや青春歌舞伎小説〈カブキブ!〉シリーズをはじめとしたライトなエンタメ作品を幅広く執筆、また榎田尤利名義でBL作品を多数発表してきた人気作家である。本作でいわゆる本格的な文芸分野にもフィールドを広げてきた形だ。
 離婚を経て、単身暮らすために雨森町に戻り、喫茶店「レインフォレスト」の階上の部屋を借りることにした矢口。偶然にも一階の店の主人はかつての同級生、小日向ユキだった。見た目はまだ二十代にしか見えないイケメンで、中学生時代から無邪気で騒々しく矢口を振り回していたユキは精神年齢もそのままで、再び生真面目で理屈屋の矢口を振り回す。無愛想で冷たい人間に見える矢口だが、案外面倒見がいい性格なので、つい巻き込まれてしまうのだ。
 ほどなく矢口が知ったのは、中学時代に憧れていた恩師の女性が、自分が転校した数か月後に交通事故で亡くなったという事実。その二十三年前の死をめぐって今また謎が浮上したため、ユキに引っ張られる形で二人は当時の関係者たちを訪ね、真相を探ることに……。「レインフォレスト」には、ストーカーじみた男に心を許しかけている女子高生や、詐欺にひっかかりそうな老婦人など、放っておけない客もいて、彼らをめぐる騒動も勃発して、物語は賑やかに進む。
 矢口自身の謎も興味を引く。彼はなぜ、雨森町に戻ってきたのか。定期的に元妻から電話があるのだが、その会話の内容は他愛もない。なぜそのようなコミュニケーションが続いているのか。さらに、彼が中学生の時に引っ越した理由にも、実は深刻な事情があるようだ。
 そんな矢口たちの年齢が三十八歳というのがポイントだ。一般的には結婚して子どもがいてもおかしくないと言われがちな世代だが、矢口もユキも、彼らに協力する元同級生の男たちも独り身である。ここに登場する人々の多くは、独居老婦人のキミエさんを含め、CMに登場しそうなステレオタイプの〝家族〟像には当てはまらない生活をしている。みんな孤独かといえばそうではなく、みんな満たされているかといえば、そうでもない。生きている以上、人は大人も子どもも何かを抱えながら生活を営んでいるわけで、その様が次第に見えてくる。単身世帯を含む今どきの家族の形や地域社会の在り方を、押しつけがましくなく自然に描いている点は、本作の美点でもある。ただ、世捨て人のように生きる矢口だけは、どこか危うげだ。新居には必要最低限のものしか置いていない彼の暮らしぶりを知った時、ユキは叫ぶ。
 「矢口、おまえ真面目に人生やる気があんのかっ」
 そう叱責するユキ自身も、矢口との再会のはしゃぎぶりを見るかぎり、長いこと心の中に空洞を抱えていたと思わせる。本作は恩師の死の真相を探るミステリーともいえるが、主軸は居場所を失った矢口と、居所を探していたユキがユニークなバディ関係を育む物語であり、それぞれが自分の人生に新たに向き合っていく物語だといえるだろう。
 もう充分に大人だといえる年代の人間だって、人生に立ち止まることはある。過去を見つめ直したり、居場所を求め直したり、新たな人間関係を求めたくなることはある。謎が解け、ほろ苦い真実と優しさを感じる結末に納得しつつ、さらにこの先の彼らの生きる様も読んでみたくなる。彼らはこれからの時代の、新しい生き方を見せてくれるという予感があるからだ。

関連書籍