ちくま新書

物語もつくらず絵も描かないまんが制作
『まんが訳 酒呑童子絵巻』解説&レポートまんが

ちくま新書『まんが訳 酒呑童子絵巻』は、文字通り、室町時代から読みつがれてきた絵巻物をまんがにするという異色の新書です。
とはいえ、「絵巻物をまんがにする」とはどういうことなのか? 実際にはどんな作業だったのか? 書籍にも収録された山本忠宏氏による解説を、実際にまんが化する作業を担当した鳩ノマメさんのレポートまんがと一緒にお楽しみください。

†絵巻からまんがへ ―― システムの変換

 物語もつくらず絵も描かないでまんがを制作するとはどういうことか。絵巻では物語もキャラクターも演出も決まっていて、しかも絵もすでに描いてある。私たちにできるのは「絵コンテ/ネーム制作」に特化していくことだった。
 通常のまんが制作における絵コンテ/ネームとは、読者に主人公の感情や物語を伝えるために、絵と言葉の組み合わせをコマの連鎖と紙面構成によって行う工程である。今回のまんが訳の作業を単純化すれば「物語に合わせて、紙面に絵と言葉を切り貼りする」ことだが、この作業を下支えしている「コマを割って紙面に構成する原理=コマ割りを生成するシステム」は可視化されにくい。
 絵巻の絵を切り取ってコマ枠をつけて物語に沿って並べることは誰でもできるが、それは「まんがのような形式(コマ割り)を持つもの」であって、「紙面やページめくりに最適化された形式(コマ割り)を持つまんが」ではない。時代を隔てたメディアにおいて、似たような形式(コマや吹き出し、漫符など)を理由に安易に結びつけることができないのは、その形式が属する時間や空間の認識/表現と形式を支えるシステムが異なるからだ。
 つまり、絵巻でもまんがでも絵と言葉によって物語が進行していくことは共通しているが、それらを駆動するシステムが異なるため、絵コンテ/ネーム制作を通じて絵巻のシステムからまんがのシステムに変換することが、まんが訳だと言えるかもしれない。
 この解説では、絵巻のまんが訳の工程を紹介しつつ、より作品を楽しんで頂く補助線として、見えにくいまんがの紙面構成の原理についても触れていく。

 

†絵と言葉の関係

 絵巻をまんがに変換する際、システムの違いにより両者における絵と言葉の関係が異なる。この問題が「絵を描かない」まんが訳にとって、とても大きな制限となっていた。
 絵巻における詞書(ことばがき)とは絵巻の冒頭や巻末、あるいは場面ごとに書かれる説明文であるが、一つの場面における複数の行為(発話や行動)がまとめて書かれることが多い(図1)。

図1『道成寺縁起』の詞書

 一方で、絵は詞書と異なり一つの行為を象徴するように描かれる。複数の行為が読み取れるように人物の配置などの工夫によって時間の幅が示されているものもあるし、異時同図法を用いて一つの絵で複数の行為が描かれたりもする。とはいえ、基本的に詞書の情報量に比して絵が少ないことには変わりがない。
 問題は限られたイメージ(絵)とテクスト(詞書)を物語に沿っていかに結びつけ、まんがの紙面構成原理に落とし込むかということになる。つまり、「同じ絵を使用しながら複数の行為を示さなければならない」という制限があるということだ。特に『道成寺縁起』では顕著だが、一場面を示す前後数ページで同じ絵をサイズとコマの形状を変えて何度も使用している。読者に同じ絵の反復だとなるべく感じさせないように工夫する必要があったからだ。
 また、絵を見る順番や焦点における注意の誘導についても異なる。絵巻では詞書は音読される(語られる)ことが前提となる。複数人で絵巻を受容する場合は、その声によって絵を見る順番や注意が誘導され、絵巻を巻き取り進めながら順々に絵を見ていく。
 今、私たちが絵巻を見るときには、物語を把握した上で、描かれている人物の細かな表情や仕草を、実際に顔を近づけたりしながら絵のサイズを仮想的に変化させて読み取っている。しかし、まんがではこの読み手が仮想的に行うサイズの変更を、制作者側でコントロールすることができる。例えば、ある台詞の時には発話者の顔をクロース・アップのコマで示すことが可能となる。
 久留島さんによる詞書の現代語訳は、なるべく語りの性質を損なわないようにしているため、現代のまんがのようなキャラクターの発話が少ない。必然的にまんが訳では第三者による語りの形式を採用している。
 では、実際の作業工程を辿りながら、絵を描かないまんが訳の方法について解説していくことにする。

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