ちくま新書

「クール/ホットなメディア」「輿論/世論」「デジタル革命」――。未来を展望せんとする知の世界へ!

「歴史学」は現在から過去を解明しようとするのに対し、現在から未来を展望しようとするのがメディア論。メディア史研究の第一人者である著者が、自らの研究で真に役に立った「名著」を精選し解説したのが本書です。ウェブ時代にあって、メディア論を深く知りたい読者にとって最良の入門書たる本書の「はじめに」を公開します!

はじめに ―― 私の選書方針

「歴史学」は現在から過去を解明し、「メディア論」は現在から未来を展望する。本書はメディア史家である私が、自らの研究で本当に役に立った書物を読者に開示することを目的としている。世間一般の人気投票的な選書ではなく、かなりわがままな選書である。それにもかかわらず、選書には苦労した。「メディア論」の対象範囲よりも、「名著」の定義と「30」という冊数に絞り込むのが難しかった。何を「メディア論」と呼ぶかも人それぞれだろうが、私の基準ははっきりしていた。
 一、メディア論とは比較ミディウム論である。つまり、狭義な新聞論、テレビ論など個別ミディウムに関する書物は除く。
 二、メディア論とはメディア史である。つまり、純粋な理論研究、フィールド研究は除く。
 三、メディア論は長い射程の文明論である。つまり、選挙分析など短期的な調査研究は除く。
 この三つの条件でかなり絞り込めたが、そもそも何を「名著」と呼ぶべきか、その定義ははっきりしない。一般的には関連学界での評価も高く、時間の経過に耐えて残った古典ということになるだろう。たとえば、「著者が亡くなった後も読み継がれている著作」ならわかりやすい。ただし、大学でマス・コミュニケーション研究が本格化したのが第二次世界大戦期であるメディア論の場合、「新しい古典」が比較的に多い。そのため、必ずしも著者の物故にはこだわるべきではないだろう。
 一方で、学説史の定番だが必ずしも読まれていない古典も存在する。メディア研究の初学者にも開かれた入門書という本シリーズの企画趣旨からすれば、こうした「読まれざる名著」を列挙すべきではないだろう。
 ちなみに、本書に先行する「メディア論の名著」本として、井上俊・伊藤公雄編『社会学ベーシックス6 メディア・情報・消費社会』(二〇〇九)と難波功士『メディア論 基本の30冊』(二〇一一)がある。二三冊の「基本文献」を扱う前者で私はリップマン『世論』を執筆した。後者には拙著『現代メディア史』が取り上げられている。「名著」選択に際して、こうした先行本を強く意識したのは当然である。前者が対象を「社会学」に限定しているため、本書では歴史学や政治学にも視野を広げた。後者が「現役日本人の著作」を多く含むのに対しては、本書では「外国文献」を中心にしている。なお、両書で重複採用された名著は以下五冊である。オング『声の文化と文字の文化』、リップマン『世論』、キャントリル『火星からの侵入』、ブーアスティン『幻影の時代』、マクルーハン『メディア論』。この五冊は本書でも取り上げており、読者にはぜひ先行両書の記述とも読み比べていただきたい。なお、より広範囲な選書リストとしては東京経済大学コミュニケーション学部監修『コミュニケーション学がわかるブックガイド』(二〇一四)もあり、上記五冊をふくめ本書の選書と重なりも少なくない。
 この「名著30」の選書にむけて、私が書斎の専用書架に並べた図書は優に一〇〇冊を超えていた。学界や読書界での評価が高い著作はほぼ網羅したと思ったが、「初対面」での好感がまったく消失していたものも少なくなかった。
 最初は三〇冊の配列を、私がその名著に出会った順番に執筆しようかとも考えた。それではかなり無理が生じることに気づいた。結局、わが「内なる図書館」(↓30)の配架順に、第一章「大衆宣伝=マス・コミュニケーションの研究」、第二章「大衆社会と教養主義」、第三章「情報統制とシンボル操作」、第四章「メディア・イベントと記憶/忘却」、第五章「公共空間と輿論/世論」、第六章「情報社会とデジタル文化」と並べた。
 冒頭で述べたように、本書は「メディア史家」である私自身が読んで自分の研究に役に立ったかどうかを選書の基準にしている。それゆえ、私の作品との関連、それを読んだ当時の経緯にもふれている。その人の書架がその精神生活を反映するとすれば、本書はまさしく読書人としての「私の履歴書」である。それゆえ、「いかにして歴史学徒はメディア論者となったか」、そうした自伝的な読み方もあるいは可能だろう。つまり、私が大学で西洋史を学び、ドイツ新聞学に出会い、東京大学新聞研究所(現・情報学環)助手となり、同志社大学社会学科新聞学専攻や国際日本文化研究センターを経て現在京都大学大学院教育学研究科にいる軌跡が選書にも記述にも大きく影響している。研究者ひとり一人にそれぞれの「名著30」があるだろう。若い読者から、次世代の『メディア論の名著30』の著者が現れることを切に願っている。

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