ちくまプリマー新書

ガウディはどのようにして天才になり得たのか?
『よみがえる天才6 ガウディ』はじめに

サグラダ・ファミリア聖堂の建築家として名高いガウディ。歴史に学び、洞窟造形を取り入れ、幾何学を駆使しながら、誰よりも新しさを求め、独自の建築様式を生み出した。時空を超え、今なお新鮮な建築物はどのようにして生まれたのか――ちくまプリマー新書『よみがえる天才』シリーズ最新刊より「はじめに」を公開します。

国宝と世界遺産の建築家

 バルセロナの未完の聖堂として有名なサグラダ・ファミリア。2026年の完成予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で建設は中断。2021年1月に再開されたものの、完成は再び未定です。この聖堂の作者が、ガウディ。レオナルド・ダ・ヴィンチと同じく、ガウディも作品数が少なく、未完の作者として知られています。サグラダ・ファミリアのみならず、コローニア・グエル教会堂も未完ですし、これら二つの聖堂の起源となった作品、モロッコのタンジールに計画されたアフリカ伝道本部などは着工にも至っていません。アストルガ司教館も未完、ガウディの代表作として知られる世界遺産のグエル公園もカサ・ミラも未完の作品なのです。

 一般にはサグラダ・ファミリアの作者として知られるガウディですが、その他のユニークな作品群の建築家として世界的に知られています。生前の1914年、未完のカサ・ミラがバルセロナ市文化財に認定されたのを始め、他界してわずか43年後の1969年、ほぼ全作の17作品がスペインの国宝や重要文化財に相当する歴史的遺産に指定され、さらに1984年に3作品が世界遺産に、2005年には他の4作品も追加登録されています。

 世界遺産への登録はガウディ建築の世界的評価を決定づけました。2019年現在、世界遺産総数は1121件です。この登録は初年度1978年の12件に始まり、7年目の1984年、ガウディ建築を含む22件が164番目以降に登録されます。スペインは世界遺産大国で登録数第3位ですが、この年の5件が同国からの初登録になります。その5件とは、イスラームの古典的建築、コルドバの大モスク(8〜10世紀)、そのイスラーム支配からの国土回復と中世キリスト教社会の繁栄を象徴するスペイン古典ゴシックの三大建築の一つ、ブルゴス大聖堂(13世紀)、イベリア半島最後のイスラーム王国、ナスル朝グラナダ王国の城塞都市、かつ全イスラーム圏至宝の宮殿、アルハンブラ(13〜14世紀)、中南米を治め、大航海時代のポルトガルを併合し、「日の沈まぬ帝国」という地球規模の王国になったスペイン黄金時代を象徴する王宮・修道院・神学校の大複合建築、エル・エスコリアール(16世紀)、そして、ガウディ建築です。これらは西欧キリスト教世界では唯一稀なイスラームとの八世紀にわたる共生時代をもったスペインならではの歴史遺産の選定ですし、ガウディ建築がそれら歴史上の大モニュメントに匹敵することを物語っています。また、近代建築の世界遺産はガウディが最初で、鉄とガラスの魔術師ミース・ファン・デル・ローエが2001年、ル・コルビュジェが2016年ですが、他の二人の巨匠フランク・ロイド・ライトとグロピウスは未登録です。

 世界遺産への登録に見られるガウディ建築に対するこの極めて高い評価は、一体どこから来るのでしょう。

理想的な生き方

 18世紀までは各地各時代に特有の建築や様式があり、建築造形を決定する主体は人ではなく、その時代にあったと言えます。つまり、その時代の建築様式に支配・限定される中で、建築はデザインされてきました。18世紀後半に出現する近代歴史学と産業革命がこの状況を一変させます。歴史建築の情報や異国の建築情報の蓄積、鉄やガラス、さらには鉄筋コンクリートなどの新しい材料の出現、銀行や株式取引所、博物館や美術館、大工場やデパートなどの新用途の建築タイプの要請、こうしたことが19世紀の建築を大変革します。

 新しい用途の建築は、新しい材料を使いながらも、過去の様式建築を参照してデザインされました。これが歴史主義のリバイバル建築です。参照した様式に従い、ネオ・クラシック(新古典)、ネオ・ギリシア、ネオ・ゴシック、ネオ・ルネサンスなどと呼ばれます。西欧以外の建築を参照した場合は、異国趣味の建築になります。中国風やインド風の建築です。この逆現象が日本の明治以降に出現する洋風建築です。特定の様式や異国建築を参照するのでなく、様々な様式や建築を参照し、それらの要素を組み合わせデザインすれば、折衷主義になります。

 この折衷主義が自然主義や幾何学主義を導きます。元来、建築装飾には人や動植物の自然造形が使用されてきました。この建築装飾を参照してデザインすれば、歴史主義ですが、かつてのように自然そのものを参照した場合には、自然主義になります。建築装飾のみならず、建築を構成する柱、梁、アーチ、窓、屋根などは円筒や円弧、三角形や正方形などの幾何学が使用されています。これも、過去の建築に使用された幾何学造形でなく、幾何学そのものからデザインするならば、幾何学主義の建築になります。すなわち、この折衷主義は、参照使用する造形により、歴史主義にも、自然主義にも、あるいは幾何学主義にもなります。正にデザインを決定する主体は、様式ではなく、人になったのです。

 人による創作は、無から有を生み出す神の創造とは異なり、現世に存在する無限無数の材料からひとつの作品を作ることとするなら、人は折衷主義を原則とする生き物と言えるでしょう。とすれば、19世紀の折衷主義の建築は、建築様式の呪縛から解き放たれた人本来の姿を如実に反映するものと見なすこともできます。正にこのことが、ガウディ建築の生成と発展の中に認められます。

 ガウディ建築もまた、時代の流れに従い歴史主義、自然主義、幾何学主義に変遷します。このガウディ建築は、19世紀終わりから20世紀初めの西欧に広まったアール・ヌーヴォーやバルセロナのムダルニズマに含まれながらも、しかし同時に、それらからはみ出た存在でもあります。明らかにこの建築は、様式建築に支配・限定される建築ではなく、人間本来の折衷主義に則り、新たな建築、新たな様式を生み出した建築なのです。それも三つの様式を生み出しています。放物線を建築言語とした「パラボラ様式」、自然造形の「洞窟様式」、そして、19世紀初めに生まれた線織面幾何学を造形言語とした「平曲面様式」の三つです。詳細は後述しますが、ガウディ建築の偉大さは、建築様式に支配・限定されることなく、時代の思潮に従いながらも、ガウディ建築と容易にわかる独自の様式を三つも生み出し、時代に先駆けたことにあるでしょう。貝殻構造やコンピューターを駆使してデザインされる今日の複雑な曲面造形の建築などは、明らかにガウディ建築の流れをくむものです。ガウディは、その時代に作られ、そして次の時代を作ることに貢献しているのです。

 ある意味で、理想的な人の生き方がそこには見られます。人は、このガウディを容易に天才・奇才と呼びます。この天才が、どのようにして天才になり得たのか、それが本書で明らかになるでしょう。


カサ・ミラ、グエル公園……
今も新鮮な建築物はなぜ生まれたのか?
 

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