ちくま新書

コロナ後の「夜の街」はどこへ向かうのか
『性風俗サバイバル』刊行記念対談

『性風俗サバイバル』の刊行記念で著者の坂爪真吾さんと、ノンフィクション作家でホストクラブを追った『夢幻の街』の著者である石井光太さんに対談していただきました。標的とされた「夜の街」はこれからどうなっていくのか、歴史を振り返りながら考えます。

坂爪 私は石井さんの『夢幻の街』にも書いてある、歌舞伎町で浄化作戦が行われた時代(2000年初頭)に、店舗型性風俗店の調査・研究をしていました。以来、20年近くこの世界をウォッチしています。
 『性風俗サバイバル』は、コロナ禍での1年間の風テラスの活動をまとめた本です。風俗の世界は、データが少ない。見えづらく、関わりづらい。昔も今も、イメージや偏見だけで語られがちです。今回の本を通して、実際に現場で何が起こっており、いつ・誰が・どのように動いて、その結果どうなったのか、ということがクリアに伝わればいいなと思って書きました。
 今回の本では、性風俗の事業者は、コロナ禍でもほとんど団結できなかった、ということを書いているのですが、例外があります。それは、大阪の飛田新地です。性風俗業界においては、事業者同士が連携してアクションを起こすことはほとんどありませんが、飛田新地では、組合の主導の下、一斉休業や抗体検査などが実施されていました。また飛田新地の中では、組合が地元の福祉団体にお金を出して、子ども食堂が開催されている。
 『夢幻の街』の冒頭でも、ホストクラブたちが児童養護施設の子どもたちをホストクラブに招待する話が紹介されていますが、社会に居場所がない人たちが集まりやすい場所という点では性風俗もホストクラブも同じです。この「共助」の仕組みが、コロナで壊れてしまっている。
 本日は、ホストと性風俗の歴史の比較をした上で、これまで「夜の街」の中で、どのように彼ら・彼女らが生き延びてきたのか、そしてアフターコロナの世界で「夜の街」がどこへ向かっていくかについて、石井さんと議論していきたいと思います。

石井 自分はノンフィクション作家として、これまで様々なテーマを扱ってきましたが、歌舞伎町の中でも共助というものはあります。海外のスラムもそうですが、公助のない領域であるほど、共助がある。ルールのない世界であればあるほど、助け合いがある。「グレーだからこそ助け合える」という現実はあります。
 コロナ禍の中で、性風俗店では、「女性が困るから、客は来なくてもとりあえず店を開けている」「とりあえず店内の掃除とかをしてもらっている」というところもありました。寮のように住み込みで働いている女性にとっては、店が閉まると居場所がなくなってしまう。客観的に見れば搾取だと受け取られるかもしれないが、グレーゾーンで助け合ったりはしている。そこでしか通じない人情もある。性風俗の世界が良いとは思わないが、そこに頼らなければいけない状況はあります。
 私は物書きなので、「人間」は大好きです。彼女たちが見せる、白でも黒でもない人間同士のつながり、強さとかは、生き物として感動する。魅力的です。
コロナのような緊急事態が起きればあっという間に吹き飛んでしまうような、はかなくも脆いこの世界で、彼らや彼女らをレスキューする人がいなければ、社会は成り立たない。『性風俗サバイバル』を読んで、こうした領域に関わる弁護士や坂爪さんの活動に感動しました。こういう人たちがいる、ということは、彼らにとっては心強いと思う。

坂爪 ありがとうございます。確かに、グレーだからこそ助け合える。でもその助け合いの仕組みは、非常にはかなくて脆い。現場でも、そうしたことはとても強く感じています。

「夢幻の街」について

坂爪 石井さんが『夢幻の街』を書こうと思われた動機を教えてください。

石井 ホストクラブを日本の歌舞伎町にしかない「文化」として捉えて、物書きとして取材したいという思いがありました。それ以前に、そもそもホストクラブの歴史について書かれた本が無い、という理由もありました。

坂爪 なぜホストクラブについての本が無かったのでしょうか。

石井 昔は風俗もホストも裏社会とズブズブでした。名前を明かせないような人たちががっぽり稼いでは消えていく、そんな世界でした。それが段々と世間に認識されて、社会の中での立ち位置ができた。坂爪さんのように社会学的な視点から捉える人も出てきました。時代が変わりました。

坂爪 確かにここ最近、夜の世界について語る人や本は増えた印象はありますね。

石井 90年代、業界がちゃんとしたビジネスになりました。TVにAV女優やホストが出演したり、ホストを題材にした漫画が出てきたり。メディアが食い始めてから、良い意味でも悪い意味でも一般化したと思います。それ以前は完全にアウトローでしたから。

坂爪 『夢幻の街』は、どのようなネットワークで取材をされたのでしょうか。

石井 トークイベントで知り合った方の人づてとか、出版社経由でお店に申し込んだりとか。意外と話したがる人は多いです。かつてのカリスマホストで既に引退している人は、もはや自分を守る必要も無いので、何でも話してくれます。取材はあまり断られませんでした。

坂爪 ご著書の中にも書かれていましたが、石井さんは昔、性風俗店に性病検査キットの営業をしていたんですよね?

石井 作家を目指していた頃、海外で障害者の物乞いのルポを書きたくて、そのためのお金が必要でした。知り合いの親父さんに性感染症の専門家がいて、彼が検査キットの会社を作ったんです。ところが検査キットは婦人科にコネがないと売れない。なんとか売れないかと言われ、じゃあ自分が売ろうとなりました。風俗店に飛び込みで行っては、契約してくれと営業回りをしました。
 半年くらい検査キットの営業のバイトをしていたらお店の人とも自然に仲良くなるし、彼らがこの仕事に至る理由・プロセスも色々あることが分かりました。そのストーリーは面白かった。もがき苦しみながら、装飾無く必死で働いている。その人間臭さにひっぱられました。

坂爪 性風俗の世界って、非人間的に見えるけど、実はすごい人間臭い世界ですよね。

石井 良い意味でも悪い意味でも、すごく人間臭い。物書きの対象としてはすごく良いです。