ちくま文庫

心身がスポーンと楽になる
ちくま文庫『はじめての気功――楽になるレッスン』文庫版まえがき

8月刊のちくま文庫、天野泰司さんの『はじめての気功――楽になるレッスン』の文庫版まえがきを公開します。本書で紹介する気功に、特別な道具や難しい知識は必要ありません。今日から誰でも、楽しく無理なく始められるやさしい気功のすすめ。

 疎水沿いの桜が次々と開き、薄紅色のしだれ桜も淡い雲のように可憐な花をたくさん咲かせています。京都北白川の町家に越してきて七年。ふと目に留まる美しい風景、緑深い東山から吹いてくる心地よい風、ゆとりある街並み、そこに暮らす自由で個性的な人々。ここには、独特の清々しい空気が漂っていて、家の前を掃除したり、散歩をしたり、自転車で教室へ出かけたりといった、日々の営みがとても豊かで充実したものに感じられます。伸びやかで気持ちよい環境に影響されるように、ライフスタイルも仕事の進め方も心地よいものへと切り替わっていきました。
 気功をしていると、心と体のゆとりが増えていきます。そして、何かがふっと楽になる。それはちょうど、生きていくことの土台になる身体能力や、精神力が手入れされて、心身が自由にのびのびと活動しはじめた感覚なのかもしれません。
 初版からちょうど一〇年。その間に、気功も日々深化してきました。そして東日本大震災から五年というタイミングに、本書の文庫としての出版が決まりました。文庫化に合わせて、第一章を新たに書き下ろし、本文も全面的に手を加え再編集しました。震災後すぐに編集した「心がおちつくやさしい気功」を第一章に、「肩の荷がおりる気功」を第四章の最後にまとめ、紹介しています。

 気功は中国で生まれ、この日本という豊かな土壌の中で、すくすくと育っています。中国独特の仏教であった禅が日本経由でZEN として世界に広まったように、KIKOU という「心と体の自然を育むやさしい習慣」が、地球上のどこにでも根付いていく可能性があるでしょう。
 文明の発達は私たちの生活を便利にしてくれました。その陰で心身の能力はむしろ衰えてきているのかもしれません。新しい宗教が次々に生まれ、医療が高度専門化し、さまざまな心理療法や健康法があふれ、病院や療養施設はどこも人でいっぱいです。状況を転換する鍵は、ほんとうの意味での「健康」を、自らの手中に取り戻すことです。
 「自分で健康を創る」気持ちが芽生えると、そのエンジンがかかります。そして、「心身の自然の法則」と「ベースとなる体の力、心の力を養うやさしい方法」を知れば、すっとアクセルを踏んで、健康の王道をスムーズに楽々と進んでいくことができるでしょう。その両方をわかりやすくまとめて、紹介しているのが本書です。

 はじめの一歩は、意外と楽なものです。こんなに楽でいいのかしらと思うかもしれませんが、この「楽」ということが大きな力を秘めているのです。「力」はいつも微妙なバランスの中で釣り合っています。左右から同じ力で押し合えば、そこで力が拮抗し止まっているように見えます。それを動かそうともっと力を入れると、思わず相手もグッと力を入れるので、よけいに動きが固定化してしまいます。ところが、にっこり微笑んであっさり力を抜いてしまうと、相手もゆるみ、すっと自由に動けるようになるでしょう。
 気功は「ゆるむ」ことからはじまります。知らず知らずのうちにどこかに入ってしまっていた力がふっと抜けると、心身がスポーンと楽になり、水を得た魚のように生き生きと働きはじめます。
 時代は大きく動いています。この時代を創っているのは、他の誰かではなく、私たち一人一人です。たった一人の自由が、自由でのびのびとした社会の土台です。そして、「私」という一人が、自らの力で楽々と健康の道を歩むなら、自ずと社会全体も健康になっていくでしょう。
真の自由へと向かう新しい時代の扉が、今、目の前に開いています。

 二〇一六年春 著 者

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