筑摩選書

PTAの「?」にぐぐっと迫る!

「PTAは入退会が自由で、強制ではない」という原則がある。以前より知られてきたが、同調圧力が強く働くと、口にすることすら、ためらわれる。入会するよう強制されて断ったところ、「卒業式のコサージュをあげないと子どもが言われた」人もいる。こうした学校単位のPTAのモヤモヤから、各地のPTAの多くを束ねる全国組織「日本PTA全国協議会」という「大きなPTA」のモヤモヤまで。長年の取材を通じて見えてきた課題と、どこがどう変わればいいかを描いた『PTA モヤモヤの正体』。この本の「はじめに」を公開します!

はじめに

 日本の公立小・中学校にはたいていPTAがある。
 子どものころに母親がやっていたとか、自分が今やっているなど、P T Aと何らかのつながりを持つ人は多いだろう。
 PTAは、「子どもの笑顔」「わきあいあい」「地域の絆」などのイメージで語られる一方で、「同調圧力が強い」「時間を取られる」というネガティブな印象を持つ人もいる。PTAという名称で活動が始まったのは戦後だが、そのルーツの一部は太平洋戦争期の日本にまでさかのぼることができる。
 学校ごとに活動するPTAの多くが、PTAの全国組織である「日本PTA全国協議会」(日P)に束ねられている。あとで詳しく述べるように、日本のPTAはピラミッド型の組織となっていて、その頂点に位置するのが日Pという存在だ。
 80年代の日Pには1000万人を超える会員(現在、約800万人)がいて、毎年、7000~1万人の会員を全国から集めてPTAの研究大会を開き、年間で億を超えるカネを動かしてきたということは、あまり知られていない。

 私は10年前にたまたま、PTAの取材を始めた。最初の記事「どうする?PTA:1「入退会は自由」「原則知って」各地で動き」(「朝日新聞」2012年1月15日、朝刊)には、掲載直後から取材チーム宛てに100通以上のお便りやメール、ファクスが届いた。しかも、細かい字でびっしりと書き込んであったり、びんせん何枚にもわたる長文だったり、法的な側面からPTAの問題点を指摘したりと、熱量の高いものが多かった。PTAという問題を、ずっと抱えてきたことを思わされた。「やっと感想を書く時間が取れました」と、掲載から1週間以上たって送られてきたメールもあった。「私がPTAをやっていた時代から、問題が変わっていないことに驚きました」という70代の女性からのお便りには、こちらが驚かされた。
 反響に応えるかたちで、「どうする?PTA」はシリーズ化され、1年以上続いた。「入退会は自由」という原則をはじめ、「非会員の扱い方」「改革の進め方」「会費の使われ方」「PTA保険」「PTAの上部団体や日本PTA全国協議会」などのテーマで、実例を紹介したり問題提起をしたりした。届いたお便りは200通を超えていた。ネットにはPTAについて考えるスレッドがいくつも立った。
 もちろん、好意的な反響や情報提供だけではなかった。「記事を読んで、PTAをやめたいという人が出てきた。PTAをつぶす気ですか」「今のPTAがすべて正しくできているとは思っていないが、本部役員は必死でやっているのに、ネガティブなことを書かれたら次の役員のなり手がなくなる」など、批判的なお便りも少なくなかったし、「批判するなら、もっと「楽しく役に立っているPTA」という記事も書くべきだ」という要望も寄せられた。編集局内には「またPTA記事か」と冷ややかな見方もあった。
 それでも、着地点を探して記事を書き続ければ、それほど時間はかからず問題は解消するだろうと思っていた。ところが、「PTAの入会を強制されて断ったら、卒業式のコサージュをあげないと子どもが言われた」「役員のなり手がいなくて、仕方なく引き受けたが無駄な仕事が多い」などの声は届き続け、PTAに悩む人たちからの相談が減ることはなかった。それどころか、「朝日新聞の記事を紹介して「PTAは入退会自由」とPTA総会で発言したら、誰にも賛同されず仲間はずれにされてしまった」「役員としてPTA改革に失敗して、授業参観や運動会で学校に出入りするのも苦痛です」などのお便りも届き、申し訳ないような気持ちになった。
 それにしても、「PTAの入退会は自由で、強制ではない」という原則を口にすることが、PTAによっては居場所を失うほどのタブーになっているのは、どうしてなんだろう? PTAのあり方や運用の仕方に疑問を持ったり、苦悩したりする人たちがいることを「PTA問題」と呼ぶなら、記事やニュース、ネットを通じて、今や多くの人たちが共有しているはずだ。PTA問題に気づいている人はたくさんいて、その中身は何年ものあいだ、ほとんど変わっていない。それなのになぜ解決できないのだろう?
 理由はいくつかありそうだった。
 例えば、①役員や会員は1年から数年単位で入れ替わるため、当事者性や問題意識が持続しない、②「同調圧力」が強いため、反対の声を上げるのが難しい、③「改革」のためには根回しや交渉などの時間が必要で、コストとメリットを考えると何もしないのが合理的な判断となる、④PTAを直接、指導・監督する機関がない、⑤保護者たち自身が、PTAの負担は当然と受け入れる、あるいは仕方なく受け入れているので、疑問を持つ人に対して、ときには攻撃する側になっていく──などだ。
 けれども、おそらく一番大きな原因は、PTA会費の一部が上部団体に「上納金」として集金されていたり、PTA保険が存在したりするなど多額のお金が絡むこと(⑥)、そして、教育委員会やPTAのOB、地元の有力者などの「地域」やPTA連合会など、PTA会員以外の思惑も絡むこと(⑦)だった。
 記事の送り手側にも、課題はあった。「PTAとは?」といった記事を毎年繰り返して掲載するのは難しいとされ、当事者になって初めて関心を持った人にタイムリーに情報を届けられない。当時は記事のデジタル配信も限定的で、アーカイブ化もあまりできていなかった。編集局の中でも当初、PTA問題は「取り上げるべき社会問題に比べたら、たいしたことない。女性の不満、子育ての話」と、軽く見られているように感じることが多かった。
 そこで、読者とリアルタイムでつながる手段を増やそうと、2012 年に朝日新聞・生活グループで、PTA問題などについてつぶやくTwitter のアカウント(@asahi_kazoku)を作った。2015年春には、同じ問題意識を持つ同僚らのチームで、紙面とデジタルの両方でPTAを扱った。2度のアンケートに計3000超もの回答が寄せられた。アンケートについて記事化し、寄せられたコメントもすべてネットで閲覧できるようにした。これまでのPTA関連の過去記事も、誰でも読めるようにアーカイブ化した。春がめぐるたびPTA特集を3回やった、が、PTA問題の当事者以外の人たちにもこの問題を広く知ってもらわなければ手詰まりになりそうだった。
 では、横でつながろう──。
 そのころ、PTAについて議論する中心的な場はオンライン記事のほか、ツイッターなどのSNSにうつっていた。保護者の立場から精力的にPTA問題や関連情報を調べて発信する人たちも増えて、ネット上にはかなりの蓄積ができていた。けれど他方で、「どうせPTAをやるなら、ラクに楽しく」というノリの「わきまえた」改革を志向する記事や、保護者同士のドロドロだけを面白おかしく取り上げるものなどもあった。そんななかで、PTAの是非を問うのではなく、まずは立場の異なる人たちが集まって、タブーなく話ができる場を作れないだろうか。私たちはそう考え、それぞれの新聞社でPTAや教育問題を取材してきた記者たちで横断的な実行委員会を作り、イベント「PTAフォーラム」を2019年から翌20年にかけて全国3カ所で開催・企画した。
 
 2020年早春からの新型コロナウイルス禍は、日本社会の同調圧力の強さを改めて感じさせた。
 感染した人の家に嫌がらせの落書きをしたり、県外ナンバーの車に傷をつけたり、医療従事者である母親に「お子さんを保育園に預けないでほしい」と迫ったり。日ごろは「善良」であろう人たちが、我慢と緊張を強いられたあげく正義感にかられて暴走する姿は、それまで私が取材してきたPTAの役員決めのときの緊張感や、PTAの非会員への信じられない暴言や嫌がらせのケースと重なって見えた。
 いつからか私は、ニュースの中にPTAとの共通点を無意識に探すようになっていた。「同調圧力」「人権と法律の軽視」「前例踏襲」「主に女性が担ってきた無償労働」「無関心」「形式的平等主義」「スローガンを押し出した精神主義」「共助、自助、公助」──。
 身近な困りごとを解決するつもりで始めたPTA取材は、「国家と教育」の問題まで広がっていった。
 例えば、全国のPTAに浸透している「親学」を調べるうちに、親学を提唱した教育学者や、親学の普及にも力を入れ、安倍首相(当時)を応援していた教師集団「TOSS」の代表、憲法改正をうたいつつやはり親学を推進する日本青年会議所(JC)、親学を推し進める根拠となった教育基本法の改正(2006年)、そしてそれを後押ししてきた「日本会議」──と、PTAとは直接関係のないようなものが次々と目の前にあらわれた。PTAの取材をしていたはずなのに見えてきた予想もしなかった景色を、私はできるだけ多くの人と共有したいと思う。

 「PTAは入退会が自由で、参加は強制ではない」 
 取材を始めたころは、その原則が多くの人に知られればPTA会員も減って、会費や行事、ローカルルールが見直され、時間とともに問題は解決すると想像していた。けれども、それはスタートラインに過ぎなかった。この原則を「知らせたくない」という力が働くうえに、少しぐらいの会員減少やルールの変更ぐらいでは、PTAのピラミッド構造はびくともしない。
 今、ネットを見れば、PTAは入退会自由という情報は簡単に手に入る。教育委員会が率先して、PTAの活動を「強制しないように」と周知するケースも出てきている。けれどそれは全国的な動きとはなっていない。この10年で、PTAと地域の連携が強化されるケースもあり、PTAに関する情報開示や変化の速度に関しては、地域間の差が広がってきているとさえ感じる。
 このままだと、同調圧力がそれほど強くない都市部の人や、自ら情報を集めて行動できる人たちが最初にPTAを抜けていくだろう。PTA「非会員」になることを自ら選んで、保護者として「いない存在」とされる人も出てくるだろう。そうなれば、職場と生活圏と学区がほとんど重なっている人や、声を上げづらい人たちが、PTAピラミッドの中に取り残されてしまう。こうして残った人たちの、さらに一部の人たちが、「保護者代表」「保護者のリーダー」として振る舞うことになるかもしれない。
 いや、もしかしたら、今もそうなりかけているのではないだろうか。 
 全国組織のPTAは、巨大な船のようだ。公称で800万という乗客を乗せているが、その操舵室に入れるのは64人(47都道府県、16の政令都市のPTA連合会長)だけ。これらの人びとは、社会教育の専門家でもなければ、PTA会員ひとり一人による投票で直接選ばれたわけでもない、ボランティアでやってくれている保護者だ。船内で起きた不祥事の責任も、操舵室にいる人びとの見解や発言の妥当性も、まず問われない。毎年メンバーの顔ぶれは変わり、右にも左にも針路がふれる。
 PTA会費を払っている会員の多くは、そんな巨大船に乗せられていることに気づいていないし、どこへ向かっているのかも知らない。もし疑問や不都合があっても、あなたは個人客ではなく、団体客の扱いなので、この船に直接問い合わせができる窓口は設けられていない。船から下りる人たちも少しずつ出てきているが、船の中で、いなくなった人のことや途中下船の方法をおおっぴらに話すことはタブー。船室では絶え間なく、「道徳心」「家族の絆」「早寝早起き朝ごはん」「親学」「携帯電話やゲームとのつきあい方」「家庭の教育力が低下している」などのお話が流されている。そして、乗船した人たちは何を望んでいるのかを尋ねられてもいないのに、いつの間にか全員で何かを要望したことになっていたり、何かに進んで協力することになったりしている。
 この船、「日本PTA丸」から下船できるのは、一部の人に限られる。「日本PTA丸」から逃れるために私立受験を選ぶケースすらある。私立学校や海外留学、移住などの選択肢があればまだマシかもしれない。でも、日本で暮らし公立学校に子どもを通わせている多くの家庭は、半ば自動的にPTAの支え手となり、日Pの存在感を高め、政府に出す「要望」を正当化するためのコマとしてあてにされている。ということは、大半の保護者たちが「日本PTA丸」から下りられないばかりか、それなりの額の会費を支払い、さまざまなイベントに動員されていることになる。親たちだけでなく、子どもたち(そして教員)をも、学校を通して容易に動員の対象とすることができるのは、コロナ下の東京五輪でも明らかになった通りだ。
 
 あなたは、PTAの会員になって初めて問題を実感する。そして少しでも改善させようと動いてみたものの、気力も体力も消耗する。そうこうするうち子どもはあっという間に大きくなり、保護者でいられる期間は過ぎ去ってしまう。こうして問題はまた先送りされる……。全国のPTAで何十年にもわたって、このようにして費やされた労力が、どれだけあっただろう。親たちが、声と力を使うべき社会の課題はPTAだけではないし、自分のための時間も大切だし、時間は有限だ。だからこそ、PTA問題をできるだけ早く、そして根本的に解決するにはどうしたらいいのか、そもそもPTA問題の根本的な解決とは何を目指すことなのかを考えていきたい。
 PTAについては、誰でもそれらしいことを言うことができる。子どもがいる家庭では身近に経験しているし、教育のことは、大半の人が何かしら一家言もっているからだ。けれど実際には、一人ひとりが思い描くPTA像は異なっていて、議論がかみ合わないことも少なくない。そこで、この本ではまず、二つのPTAがあることを前提に話を進めていきたい。一つは学校ごとにある「小さなPTA」(単P)。もう一つは、その小さなPTAを束ねた市区レベルの連合体や、それをまとめた都道府県レベルの上部団体、さらにそれを統括する日本PTA全国協議会(日P)という「大きなPTA」だ。第1章では主に身近な「小さなPTA」とその課題を取り上げ、第2章ではPTAの歴史について論じる。そして第3章と第4章では「大きなPTA」に光をあて、それがどのような課題を抱えているのか説明している。
 PTAのことはだいたい分かっているという方は、先に第3章と第4章から読んで、前に戻ってもらってもかまわない。
            
 

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