ちくま学芸文庫

リンドホルムのカリスマ論とオウム真理教事件

C・リンドホルム『カリスマ』解説

ヒトラー、チャールズ・マンソン、ジム・ジョーンズーーなぜ、この危険な人物に従ってしまうのか? 「カリスマ」現象を哲学、心理学、社会学等の多様な視点から考察したチャールズ・リンドホルムの『カリスマ』。大田俊寛氏がその分析をオウム真理教事件に応用します。

「カリスマ」とは本来、ギリシャ語で「好意」や「賜物」を意味する言葉である。その含意を丁寧に説明するなら、「神の好意によって特定の人間に与えられた神秘的な資質」となるだろうか。
 カリスマという言葉は、今日の日本社会においても広く人口に膾炙している。「あの人にはカリスマ性がある」「ここはカリスマ性を発揮しなければならない」といった表現を耳にすることも少なくないだろう。またその言葉は、一九九九年の新語・流行語大賞トップテンに選出されており、当時は「カリスマ美容師」や「カリスマホスト」といった名称が流行ったことも記憶に新しい。
 とはいえ、私たちは本当に、カリスマの本質を理解しているのだろうか。いわゆるカリスマ性とは、人間の精神を強く魅了し、その生を特定の方向に導いてゆくような神秘的な力のことを指す。果たしてその力は、いかなる要因に由来し、どのようなメカニズムで人々を呪縛するのか。正確に理解している人はほとんどいないだろう。
 私自身が「カリスマという謎」に正面から向き合わざるを得なくなったのは、二〇一〇年頃に行っていたオウム真理教研究の過程においてであった。オウムという教団はきわめて多様かつ複雑な性質を有するが、その中核にあったものが、教祖である麻原彰晃のカリスマ性であったことは間違いない。麻原という人物は、一般社会の側から遠巻きに眺める限りでは、まったく不穏で不審でしかないような存在に映る。ところが他方、彼に直接的に触れた一部の人々、取り分け教団内の信者たちに対しては、濃密な磁場のような強い呪縛力を及ぼしたのである。オウムという教団と彼らが引き起こした事件について正確な理解を得るためには、「カリスマ」という事象について踏み込んだ理解が必要であることは否定しようがなかった。
 とはいえ当時の私は、マックス・ウェーバーが『支配の社会学』(一九二二年)において展開したカリスマ論をわずかに知る程度で、現代の新興宗教に現れた生々しいカリスマの姿をどのように分析することができるのか、何の見通しも持っていなかった。そうした問題意識を抱えながら、関連があると思われる書物を手当たり次第に渉猟していったのだが、そのなかで偶然出会った一冊が、リンドホルムの『カリスマ』であった。
 『カリスマ』は一九九〇年に原書が出版され、二年後に邦訳の単行本が公刊されていた。とはいえ当時の日本社会において、同書は十分な注目を集めてはいなかったように思う。私もネットの古書店で注文し、実際に手に取るまでは、その内容についてほとんど知らず、最初はあまり期待せずにページをめくり始めたことを覚えている。
 とはいえ、同書を一読した私は、リンドホルムが展開している考察の広さと深さに、少なからず驚かされた。そのとき感じたのは、同書は「カリスマ論の決定版」と呼び得る域に達しており、同様のテーマでこれを超える研究書を著すことはきわめて難しいのではないか、ということであった。この解説文を執筆するために、私は約十年ぶりに本書を改めて通読したが、その印象は現在もまったく変わらない。
 同時に私に印象づけられたのは、本書はそのままオウム真理教論としても読める、ということであった。リンドホルムが本書の執筆を進めていたのは、おそらく一九八〇年代の後半であり、当時の彼が日本の新興宗教であるオウムについての知識を持っていたとは思われない。また本書でも、オウムの名前はどこにも登場しない。しかし、それにもかかわらず、本書にはオウムを想起させる記述が随所に見受けられるのである。
 『カリスマ』の内容は、前半の「理論編」と後半の「実例編」に大別され、まず前半では、哲学・社会学・心理学に見られるカリスマ論が手際よく概観される。全体としては、哲学によるカリスマ的事象の発見という問題提起を受けた後、カリスマの存在を共同体の結成や再活性化の際の主要なモーメントとして肯定的に捉える社会学の見解、カリスマの精神の病理性に着目して否定的に捉える心理学の見解を紹介し、両者の対立を歴史的な視点から止揚する、という構成が取られている。この部分について私はすでに、『ブックガイドシリーズ 基本の30冊 宗教学』(人文書院、二〇一五年)という書物のなかで紹介しているため、ここでは割愛しよう。
 後半の実例編においては、アドルフ・ヒトラーのナチズム、チャールズ・マンソンのファミリー、ジム・ジョーンズの人民寺院という三つのケースが取り上げられ、それらの運動のダイナミズムが具体的に分析される。序説のなかで手短に触れているように、リンドホルムが主体的な関心を惹きつけられたのは、マンソン・ファミリーと人民寺院のケースであっただろう。マンソン・ファミリーによる連続殺人は一九六九年、人民寺院の集団自殺は一九七八年に起こっている。一九四六年にアメリカで生を受け、カウンター・カルチャーや学生運動の息吹に触れながら人類学者として自己形成したリンドホルムにとって、若い頃に次々と起こったこれらのカルト的事件は、看過することができない厄介な謎として存在し続けてきたと思われる。ゆえに本書は、マンソン・ファミリーと人民寺院というアメリカの二つの破壊的カルトの存在に衝撃を受けたリンドホルムが、類似した大きな実例としてナチズムの運動を参照しつつ、人文系の諸理論を駆使しながらその解明を試みたもの、と見ることができる。
 翻って私はと言えば、一九七四年に生まれ、ちょうど二〇歳を迎えて大学で宗教学を専攻し始めたときに、一九九五年の地下鉄サリン事件の惨状に直面した。その後の私は、特にオウム真理教と直接的に関係のある研究を手掛けていたわけではなかったが、オウム事件は喉の奥に刺さった棘としていつまでも残り続け、結果として二〇一一年に『オウム真理教の精神史』(春秋社)という書物を著すことになった。その際にリンドホルムの『カリスマ』は、二〇年ほど早く同種の問題に向き合った先行的な業績として、貴重な導きの糸となったのである。
 本書の内容がオウム事件と深い親近性を持ち、日本人の私たちにとっても他人事ではないことは、おそらくは一読して明らかだろう。とはいえここでは、実例編で取り上げられたカリスマ運動のプロセスを五つの段階に整理した上で、オウムとの関係性を手短に指摘しておきたい。そうすることによって、本書の内容がより身近で切実なものになると同時に、その射程が西欧社会だけに留まるものではないこと、また、その応用範囲が非常に広いものであることを示せればと思う。

①幼少期の問題
 後にカリスマとなる人物は、その生育歴を振り返ると、幼少期に何らかの問題に直面し、自我の健全な成長を阻害されていることが多い。
 アドルフ・ヒトラーの父親はきわめて権威主義的な性格であり、明確な証拠が残されているわけではないものの、ヒトラーは父から虐待を受けながら育ったのではないかと推測されている。チャールズ・マンソンの母親は性的に奔放であり、マンソンを遺棄しては再び取り戻すということを幾度も繰り返した。またジム・ジョーンズは、幼少期に父親を失い、多忙な母親からは育児放棄され、孤独な少年時代を過ごしたことが知られている。
 幼少期に大きな問題に直面したことは、麻原彰晃にも認められる。彼は幼い頃から視覚障害を煩い、小学一年生の中途で、全寮制の盲学校に転校させられている。当時の麻原は、左目に障害を抱えていたものの、右目は高い視力が保たれていたため、彼自身は家から小学校に通うことに問題を感じてはいなかったのだが、両親の判断によって強引に転校が決められてしまった。麻原はこれを、国から与えられる補助金を得るために家族から捨てられた、と捉えたようである。
 後にカリスマ性を発揮するような人物は、全般的に、生まれながらにして強い自己愛傾向を示す。とはいえ、そうした生得的な条件に加え、幼少期に両親や周囲の人々から十分な愛情を注がれず、自己愛の健全な発達が阻害されることは、その形態を歪ませ、病的に肥大化させることにもなる。

②再生の経験
 後にカリスマとなるような人物は、幼少期から問題に直面するのみならず、青年期においてもまた、大きな苦境や挫折に見舞われる。しかし彼は、そうした絶望の淵のなかで、特殊な「再生」の契機を経験するのである。
 ヒトラーの場合、若くして両親を亡くし、美術大学の受験にも失敗したため、社会との結びつきを欠いた根無し草の状態に陥った。しかし第一次世界大戦への従軍により、魂の再生を経験したのである。またマンソンは、生まれながらのアウト・ローと呼ぶべき人物であり、若い頃は投獄と出獄を繰り返す生活を送っていたが、LSDの服用によって強烈な蘇りを体験している。そしてジョーンズは、結婚や仕事に満たされない思いを抱えるなか、スパイ疑惑を掛けられた夫妻が処刑されるという事件に衝撃を受け、彼自身も昏睡状態に陥ってしまう。しかしそこから回復したとき、自身に神秘的な力がみなぎ漲っていることに気づいたのである。
 麻原もまた、似通った挫折と再生を経験している。社会的エリートになることを切望していた彼は、盲学校を卒業した後、医者や政治家になることを志すが、大学受験にことごとく失敗する。以降は鍼灸院や薬局の経営を手掛け、一定の成功を収めるものの、薬事法違反によって罰金刑を受けてしまう。結果として麻原は、一般社会を忌避してヨーガや仙道の修行に没頭するようになり、そのなかで神の啓示を受けるのである。
 このように、カリスマ的人物の経歴には、象徴的な「死と再生」というモチーフが見られることが多い。そしてそれは、彼に続く多くの信奉者たちにとっても、生のモデルを提示するものとなってゆくのである。

③超越性と全体性を求める信奉者たちの参集
 自我の断片化、社会からの孤立化という状況に苦しんでいるのは、何もカリスマばかりではない。程度の差はあれ、現代社会の多くの人々もまた、そうした苦悩を抱えている。そして彼らにとって、「死と再生」の経験を有するカリスマは、揺らぎのない絶対的な自我の持ち主であるかのように映るのである。
 第一次世界大戦の退役軍人であるヒトラーの演説は、ドイツの民衆を熱狂させ、彼らはそこに国家再生の希望を見た。カウンター・カルチャーに興味を引かれた若者たちは、マンソンの人格のなかに、まったく新しい人間、究極の人間の姿を感じ取った。そして人民寺院の参加者たちは、ジョーンズこそが、人種・性別・階級を超えた絶対的な愛の体現者であると信じたのである。
 オウム真理教の場合には、その信奉者たちの多くが、「死とは何か」という問題に直面していたことが知られている。一九八〇年代の日本は、バブル経済の好景気に沸いていたが、一部の若者たちはその流れについてゆけず、根深い虚無感を抱え込んでいた。彼らは、死ねばすべてが失われてしまうにもかかわらず、金銭やセックスを追い求めて時間を浪費することに何の意味があるのだろうか、という単純にして難解な疑問に取り憑かれたのである。そのような人々に対して、麻原彰晃が示した修行方法や超能力、さらには、霊の進化、間近に迫った世界最終戦争、霊的達人たちが築くユートピアといった世界観は、きわめて魅力的な響きを帯びた。
 こうしてカリスマの周囲には、現世を根本的に変革してくれるような超越性に魅惑された信奉者たちが参集し、全体主義的な共同体を形成してゆくことになる。

④共同体中核部の秘密結社化
 とはいえ、カリスマを中心として形成される共同体は、通常の近代社会のように、明確な制度や法に基づいて運営されるわけではない。その統治原理となるのは、カリスマが発する個人的な魅力と意志であり、そしてその共同体は、カリスマとどれほど親密な関係にあるかという条件によって階層化されてゆく。結果として共同体の中核部は、カリスマと秘密を共有する特別な幹部たちの結社によって占められるようになるのである。
 ナチスの中心部には、ハインリッヒ・ヒムラーが率いる親衛隊という組織が存在し、そこには「人種的エリート」が集められた。彼らは秘密の儀式を行うとともに、もっぱらナチズムの敵の排除という事業を手掛けたのである。またマンソンは、その信奉者たちに絶えず試練を与え、自らの人格と深く合一したメンバーを選別し、ファミリーの中核部に加えていった。そして人民寺院の上層部には「PC(計画委員会)」という組織があり、彼らはジョーンズが密かに抱えていた欠点や虚偽を隠蔽しつつ、そのカリスマ性を演出する役割を果たしたのである。
 オウム真理教には、表面的には位階制や省庁制といった制度が存在していたが、私が聞き取りを行ったある元信者の述懐によれば、実際の教団は、教祖である麻原とどれほど「近い」関係にあるかということによって構造化されていた。すなわち、教団の中核部は、麻原との深い合一化を果たした特別な側近たちによって占められ、彼らは、教団内外の敵対者を粛清する「ヴァジラヤーナ」活動、教祖の後継者を出産・育成する「タントラヤーナ」活動を秘密裏に推進していたというのである。
 カリスマ運動は、ときに常識を超えるような過激で奇矯な軌跡を見せることがあるが、その背景には、共同体の中核部が秘密結社化し、教祖と側近のあいだに複雑な相互作用が交わされているという要因が潜んでいる、と考えるべきだろう。

⑤被害妄想と暴力
 各種のカリスマ運動は、一般社会と徐々に融和するものから、激しい衝突に行き当たるものまで、多種多様な帰結を迎える。とはいえ、「破壊的カルト」と呼ばれるような過激な団体の場合、長期にわたって運動を持続することが難しく、遠からず大きな暴力的事件を引き起こすことが多い。そしてそこには、共同体が外部の敵によって攻撃され、存在を脅かされているという、濃密な被害妄想が介在している。
 ヒトラーは、若い時期からユダヤ陰謀論の信奉者となり、そしてナチズムにおいては、ゲルマン民族の純血を維持するためにヨーロッパ社会からユダヤ人を駆逐するという政策が実行された。またマンソンは、カウンター・カルチャーのアイドルの一人となることによって親密なコミューンを手にしたが、そうした成功を手にすればするほど、彼の脳裏では、警察・黒人・体制派が自分たちを付け狙っているという妄想が肥大化していった。そしてジョーンズは、彼のコミューンから数名の脱退者が出たとき、CIAによる攻撃が間近に迫っていると思い込み、「革命的な集団自殺」へと踏み切ったのである。
 麻原彰晃の精神においても、教団が成長し、数多くの秘密を抱え込むのと比例して、被害妄想が肥大化していった。すなわち彼は、日本の官僚機構や米軍がユダヤ=フリーメーソンに支配されており、真理の組織であるオウムを潰そうとしていると思い悩むようになったのである。そして、陰謀勢力の支配から世界を解放するために、サリンの大規模な開発に着手するようになった。
 全体として言えばカリスマ運動は、パラノイア的世界観を提示するカリスマのもとに、自我の断片化に苦しむ信奉者たちが参集することによって発生する。そしてときにその運動は、カリスマを中心とする「純粋」な共同体と、その周囲に広がる「不純」で「敵対的」な社会という、危険な二元論を生み出すのである。

 オウム真理教事件を含め、二〇世紀後半に世界各地で頻発した破壊的カルトの運動は、二一世紀前半の現在、取りあえず影を潜めたように見える。とはいえ、数々の惨劇を生み出した危険な諸要因が、社会から完全に払拭されたとも言えないだろう。インターネットがグローバルに普及することにより、小さなカリスマたちが動画配信やオンライン・サロンのなかで乱立するとともに、陰謀論的な終末思想も絶えずヴァージョンアップされ続けている。カリスマ運動のもたらす「毒気」に不用意に当てられないためにも、本書がもたらす知見はまだまだ有用であると思われる。

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