単行本

大都市を蝕む「搾取の生態系」

イ・ヘミ『搾取都市、ソウル』書評

イ・ヘミ『搾取都市、ソウル』(伊東順子訳)について、地理学者の原口剛さんによる書評を公開いたします。 『叫びの都市――寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者』などで釜ヶ崎についてお書きになり、 都市について考えてこられた原口さんがどのようにこの本を読まれたのか。 ぜひお読みください(PR誌「ちくま」3月号からの転載です)

 2019年、韓国の全国紙『韓国日報』に「地屋考の下、チョッパン」「学生街の新チョッパン」と題する連載記事が掲載された。本書は、著者のイ・ヘミ氏がこれらの記事をもとに書き上げたルポルタージュである。チョッパンとは、狭苦しい部屋をもつ最底辺の「住宅」を意味する。かつてソウルには数多くのチョッパンが存在したが、再開発によってその多くが撤去された。だが、そうした趨勢とは裏腹に、不安定居住の人口は、2015年までの10年間で7倍の規模にまで膨れ上がったのだという。この大都市で、いったい何が起きているのか。著者は、綿密な資料の分析や、粘り強い聞き込みと潜入取材によって、その実像へと迫っていく。
「地屋考」とは、それぞれ地下室、屋上部屋、考試院を指す。これらのうち本書の前半では、考試院とチョッパンが取り上げられる。もとは司法考試生向けの施設だった考試院は、司法考試の廃止によって受験生向けの機能を失い、かわって低所得者層の住処となった。こうして考試院は、長い歴史をもつチョッパンと並ぶ「現代版チョッパン」と化し、新しい貧困の地理を生み出した。他方でソウルの大学の周辺には、「新チョッパン街」が現われつつある。本書の後半では、その実態が解明されていく。ここでは、ワンルーム住宅の内部をさらに分割した「ミニワンルーム」なるものが増殖している。地方出身の若者を詰め込むことで、より多くの家賃を搾り取ろうとするのだ。この収奪システムを維持するために、オーナーたちは、学生寮の建設にことごとく反対運動を繰り広げているのだという。
 読者は、本書が帯びる凄まじいエネルギーに圧倒されることだろう。そこには、かつてF・エンゲルスが著した『住宅問題』を思わせるような、鋭い批判精神が満ちている。たとえば本書は、チョッパン街で家賃をかき集める人物はただの「管理人」に過ぎないことを見抜き、チョッパンが顔のみえない所有者によって支配されている事実を突き止める。貧民から徴収された家賃は、偽装された経路を経て、高級マンションに住まう富裕者の懐へと流れていたのだ。こうして著者は、新旧のチョッパンへの投資が「金になる」ビジネスと化した社会の実像を暴き、貧困を食い物にする「搾取の生態系」を告発するのである。
 もうひとつの卓越した魅力は、一連の調査経験を振り返りつつ、調査者である著者自身を中心人物として登場させていることである。本書のなかでイ氏は、ときに膨大なデータを前に挫けそうになり、ときに「この記事」がなにを変えられるのかと思い悩む。社会調査を経験した者なら共感を覚えるだろうし、そうでなくても間違いなく、読者はその姿に引き込まれるだろう。なにより心を打つのは、過酷な現実の記述をつうじて、著者が自己を変革させていく過程である。イ氏もまた、居住の貧困を生きてきた当事者だった。そして、現代のチョッパンに住まう多くの貧者と同じように、貧乏を恥ずかしく思いながら生きてきた。だが、搾取に苦しむ住民と向き合うことで、著者は、かつて自分自身を追い詰めていた精神の矛先を、「搾取都市」を告発する力へと転化させていく。
 本書が告発する現実を他人事だと感じる人は、ほとんどいないだろう。不透明なまま貧困が広がっていく実態。貧困を恥ずべきことと内面化させては、人びとを追い込んでいくからくり。あまりに多くの物事が、まるで映し鏡のように、日本社会の足元を照らし出すのだから。けれど、「搾取」や「略奪」などの言葉にたじろぐ読者もいるかもしれない。もしそう感じるのであれば、こう問い返してみてほしい。私たちは長いあいだ、「搾取」のような言語を遠ざけることで、構造的なものを見抜く力を失ってしまったのではないか。本書が与える最大の恵みとは、これまでとは別の言葉で貧困を語る可能性であり、その勇気なのだと思う。ひとりでも多くの読者に、読まれてほしい1冊である。

 

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