単行本

だれなんだ、キッチンミノル

『キッチンミノルの写真教室』書評

3月の新刊『キッチンミノルの写真教室』について、長年、本書の著者キッチンミノルさんの被写体となってきた落語家・春風亭一之輔さんによる書評を公開します。この本、そしてキッチンさんの魅力を語ってくださっていますので、ぜひお読みください!(PR誌「ちくま」2022年4月号より転載)

 キッチンミノル。とてもカメラマンの名前とは思えないが、けっこう活躍している新進気鋭の人である。覚えやすいけど、軽く見られがちな名前の響き。本人いわく、「キッチン〇〇という数多の定食屋に通いまくってた学生のころのあだ名をそのままカメラマンネームにした」らしい。宅建の資格をとり、不動産の仕事をバリバリやってたのに、いきなりカメラマンに転職。独学で技術を身につけて今日に至り、筑摩書房から写真入門書を出したというんだから恐れ入る。

 著者と知り合ったのは今から10年前。私の真打昇進直前に、アエラ『現代の肖像』の密着取材があった。そのカメラマンとしてキッチンミノルは顔合わせの喫茶店に現れた。雑談のなかで「僕、テキサス出身で父はアメリカ人なんです」と言う。「うそつけ」「ホントです」。私の中の「テキサス生まれ」は、みなテリーファンクやスタンハンセンみたいな風貌でテンガロンハット。キッチンは純日本人の面立ち、黒縁メガネに『K』とマークの入った黒いキャップ(キッチンの『K』らしい)に、紺のニッカポッカ姿。どう見ても「テキサス」でも「カメラマン」でもない。笑顔と笑い声が過剰な、足立区あたりの工事現場の日焼けした大柄なアンちゃんじゃないか。

 密着取材の初日は早朝から大雪。「一之輔さんがお子さん達を保育園に送っていくところから撮りたいです!」とのこと。保育園児3人にレインコートを着せ、長靴を履かせ、身支度をしているところに「そこに並んでくださーい!」と急かし、いろいろ注文をつけてくる。寒い。イライラする父子4人。腹の底から「こいつ、ムカつく」という顔の親子の写真がこの本に載っている。ぜひご覧ください。でもなぜこれを選ぶかな。そしてこのショットがなかなか評判いいんだから、世の中わからない。

 この一件で子ども達に嫌われていたキッチンだが、折を見てのお菓子やプレゼント攻勢で3人を手懐けていった。キッチンは図々しくも朗らかに、ドンドンこちらの懐に飛び込んでくる。「寄席の楽屋風景を撮らせてください」「毎年同じ日に家族写真を撮らせてください」しまいには「欧州公演に同行させてください!」まさかそこまでとは思ったが、なんと自費でついてきた。二週間の長旅のあいだ、キッチンはシャッターを切りまくった。高座の私のみならず、スタッフや現地のお客さん、移動中の電車やバスで出会ったお爺さん、公園で泣いてる子ども。街ゆく人たちとコミュニケーションをとりながらレンズを向ける。キッチンは人を油断させるのが上手い。当人に緊張感がないので、ついついこちらも弛緩してしまう。結果、被写体の「本音」が聞こえてくるようなステキな写真が出来上がった。

 ある日、私とうちの次男坊と3人で高尾山に登りに行った。いつの間にか家族ぐるみの付き合いになっていた。小学生はすいすい登っていくが、おじさん2人はヒーヒー言いながら山頂に着いた。次男が「キッチンさんのカメラ貸して、オレが撮る!」とキッチンからカメラを奪い、持ち主にレンズを向けた。被写体になったキッチンはいつも通りのふやけた笑顔。この写真がなかなかいい。この一枚を見ればキッチンミノルという人間がどんなヤツなのかわかるのではなかろうか。手練れの撮り手は自分が被写体になってもいい味を出してくるのだ。悔しいね。

『キッチンミノルの写真教室』は、写真を撮る側の基本的なことを、話し言葉で実に「気安く」教えてくれる(そういえば、初めて会った時もこんな風に彼は近づいてきた)。なるほど、キッチンミノルはこんなことを考え、実践し、シャッターを押していたのか。逆にいえば、写真を撮る側のタネが分かれば、撮られる側のコツもわかってくる。これは「被写体の入門書」にもなるかもしれません。いい写真を撮りたい人、撮られたい人、どちらにも読んでもらいたい本なのです。

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キッチンミノル

キッチンミノルの写真教室 (単行本)

筑摩書房

1980.0

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