ちくまプリマー新書

ヤングケアラーを理解するためのコンパクトな良書

澁谷智子『ヤングケアラーってなんだろう』書評

《コンパクトな中に、調査と支援を牽引してきた著者がもつ最新の知見を極めて読みやすい文章でつづった良書》――『ケアとは何か』(中公新書)などの著書で知られる村上靖彦さんに、『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)を読み解いていただきました。(初出:「ちくま」2022年6月号)

 本書は、ヤングケアラーの概念を日本に紹介し、研究を牽引してきた澁谷智子による待望の新著である。

「ヤングケアラー」という言葉は数年前には対人援助職のあいだですらも一般的ではなかったが、澁谷自身が2018年に出版した『ヤングケアラー』(中公新書)、そして2020年3月からの毎日新聞の連続報道をきっかけとした各社の報道と国や自治体の調査の取り組みを通して普及しつつある。介護や家事手伝いを担うことで学業や睡眠、遊びといった子どもにとって大事な活動に制約が生じるが、子ども本人はそこから離脱することができない。その一方で、積極的に誇りを持ってケアを担っていることも少なくない。

 第1章で澁谷は、第二次大戦後の人口動態の必然として「ヤングケアラー」という現象が産出されたことを示していく。経済発展とともに急増した人口が減少に転じたことがその根本だ。少子化によって人口バランスが崩れるとともに、大人が労働市場に駆り出され、家庭にかけられる時間が減った社会では、子どもが家族ケアを担うことを要請されることになる。ヤングケアラーは子どもや家族だけの問題ではなく社会構造の問題なのだ。

 第2章は澁谷自身もいくつか手掛けてきた実態調査をもとにヤングケアラーの現状を考察している。誰をケアしているのか、どのくらいの時間をケアに費やしているのか、そのために学校生活にどのように影響がでているのか、といった項目が議論になる。澁谷は「高校生にとって、学校のある平日に4時間以上ケアに時間を費やすのは「赤信号」、つまり、すぐに何らかの対応をしてその状況を変える必要がある事態だと考えています」と指摘している。

 ところでヤングケアラーというと介護や家事といった労働に焦点があたりがちなのだが、外国での調査において「感情面のサポート」が項目に加わっていることを著者は重視している。評者自身もヤングケアラー経験者の語りを聴くなかで、〈心配する〉〈気遣う〉ことが家事や介護よりも先に立っていると感じてきた。

 もう一つ澁谷が注目しているのは「孤独」である。勉強時間や睡眠時間が減ることも問題だが、ケアラー本人は相談できる相手がいないなかで孤独に陥っていく。評者自身の調査でも誰にも相談できずに孤立する場面に何度も出会っている。

 第3章は高次脳機能障害を持つ母をケアしてきた(父親も身体障害を持つ)髙橋唯さんの手記という形を取る。母のことを気にしないように周囲を遮断して「せかせかと動き回っていた」学校生活、立派に育たなければ「両親に申し訳ない」という責任感(あるいは罪悪感)を髙橋さんは記しつつ、同じような境遇のヤングケアラーに向けて「あなたは一人じゃない」というメッセージを伝える。評者自身は「気持ちは複雑なので、話を聞くのは大変」だが「根気よく」聴いてほしいという言葉に引きつけられる。ヤングケアラー問題の難しさの一つは、経験があまりに多様で一つの枠には収まらないことだ。そして一人ひとりの思いの襞が聴き取られることが少ない。

 第4章では、どのような支援が行われているのか、行われうるのかを概観している。スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、ケアマネジャーの活用が話題となる。ヘルパーをヤングケアラー家庭に派遣する取り組みなども紹介されており、支援策が模索されているなかで、著者の提案は具体的でどの学校や自治体でも参考になるものだろう。

 最後に著者は子どもの権利について触れ、安全を守られる権利や意見表明権といった人権に関わる思想が支援を下支えするべき方針となることを示す。この点は非常に重要だろう。ヤングケアラーは率先して家族を支えていることが多いが、ケアの役割に束縛されて自由を失うことは人権の問題なのだ。

 本書はコンパクトな中に、調査と支援を牽引してきた著者がもつ最新の知見を極めて読みやすい文章でつづった良書である。

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