ちくま新書

不平等是正の闘いには、あなたの力が必要だ
『今すぐ格差を是正せよ!』序章より

今や格差の拡大や各種の不平等は、新自由主義を標榜する国の政府や国際機関においても社会悪として認識されている。超富裕層からも「富む者が富み続けるシステムは間違っている」という声が上がるまでになった。しかし、事態はいっこうに改善しない。なぜなら政治を動かすために不可欠な下からの突き上げがまだまだ足らないからだ。数々の国際的なキャンペーンを成功に導いてきた市民活動家ベン・フィリップスが不平等との闘い方を説いた最新作から、冒頭部分を公開します。

 まずはクイズから始めよう。次に続ける文章の著者はいつの時代の人だろう? そしてその人物とは?

 少数の者たちの収入が急激に増加しており、幸せな者たちが享受する豊かさと大多数の人々との格差が拡大している。権力者たちは弱い者たちを餌食にする。一般大衆は阻害され隅に追いやられている。仕事もなく、可能性も持てず、困難な状況を脱する手段もない。金融工学、特定利益、経済的欲望は公共の利益を蝕み、こうして権力者たちの特権は守られる。不平等は社会悪の根源なのだ。

 これは一九世紀の出来事で、マルクスあるいはおそらくディケンズだと思う人もいるだろう。しかし、この文章が描いているのは現代なのである。著者はローマ教皇だ。教皇はお金のあり方について批判を行ったのだ。 新型コロナウイルス(Covid-19)のパンデミック下において、私たちは直面する問題がさらに悪化していくのをまのあたりにしている。よりはっきりとした形で、富の集中と社会貢献が反比例の関係にあることを目撃しているのだ。また私たちは、適切な保障がない中でエッセンシャルワーカーが社会を支えてくれている一方で、エリートが生活を満喫し、社会で最も脆弱な人々をスケープゴートとしているのを知っている。道徳的に間違っていて持続可能ではないシステムも見てきた。そのシステム内では銀行口座残高が私たちの生活の権利を決定するのだ。昨今の新型コロナウイルスは、私たちの時代が抱える深刻な危機的状況を曝け出した。それが不平等だ。
 拡大する不平等(そして私たちがそれをどのように是正するのか)は私たちの生きる時代が抱える苦難と言える。私たちは不平等の危機の中で生きており、不平等は私たちを吞み込む可能性がある。経済的な観点から言えば、私たちは多くの国で極端な富と権力がごく少数の人間の手に集中する傾向を見てきた。これはまるで一世紀前の世界に戻ったかのようである。政治的な観点では、私たちは政府が巨大企業や金融業に対して監視の目を緩め、逆に労働組合や地域の組織、非政府組織(NGO)、市民には監視を強化してきたのを見てきた。現代の新しい黄金律は、黄金を持つ者が規則を作るということだ。社会的観点からは、私たちは拡大する二極化の世界がいかにますます怒りや不寛容、暴力に満ちるようになってきたのかを見てきた。生態的な観点からは、不平等は私たちが気候変動の問題を限界まで悪化させる要因となる。そして気候変動による悲劇的な事態を防ごうとする動きを阻害してしまうのだ。世界は社会的な進歩の遅滞化という危機にあるだけでなく、社会的進歩の退化という危機的状態にある。
 過去数十年で拡大してきた不平等が認識されるようになってきた中で、二〇〇八年の金融危機はその傾向に拍車をかけ、多くの人々が不平等の危機は実際に起こっており、損害を与えるもので、対処が必要なものと認識するようになった。しかしその時ですら、不平等に関して声を上げると人々は圧力をかけられ、過激派とレッテルを貼られた。あらゆる組織は、政府や資金提供者に加え、組織内の役員会からさえも不平等に関して積極的な発言を行わないように警告を受けたのだ。
 そしてその後、それほど年月も経っていないとも感じられる二〇一五年前後になると、世界中の政府や既得権益を持つ組織は突然一致団結して〔不平等の問題を取り上げることに〕賛成を表明するようになった。例えば、今日の不平等は有害で危険だということは、主流派経済学者やIMF、世界銀行、経済協力開発機構(OECD)、世界経済フォーラムですら認識している。そして二〇一五年に国連の「持続可能な開発目標」(SDGs)に署名したどの政府も不平等の削減を宣誓している。

†約束を実行させる
 しかし、文言では叶ったことが、行動において成功を意味するわけではない。不平等は悪化し続けており、その是正にあたって政府の行動を信頼できるとは大目に見ても言えない。公的な約束が成されれば自動的に不平等は解決に向かうわけではない。私たちは現在ある矛盾を抱えている。あらゆる世界のリーダーが不平等に対処すると約束したが、未だにその内の僅かしか行動に移していないのである。これからどうなっていくというのだろうか。
 学者や政治家と議論をすると、彼らの中には不平等是正に向けた対応策として「もっと証拠を見つけ出す」と提案する偏屈な人間がいることがわかる。私は「証拠を基にしたパラドックス」と名づける事柄を指摘することで、楽しんで彼らをからかう。そのパラドックスとは(1)私たちは対応策を決める際に証拠に準拠する必要がある。(2)革新的な変化が起きているという証拠が、政策決定者の前に証拠が示されているからだというのでは、あまりに説得力がない。(3)もし私たちが本当の意味で証拠に基づいて行動しようとするならば、変化を生み出す戦略として証拠の共有にのみ頼らないはずである。
 不平等を是正するにあたって私たちが直面している問題は、何をなすべきかわからないということではない 。私たちが不平等の是正を阻止しようとする者たちに打ち勝つために、十分な集団の力を形成できていないことが問題なのである。
 証拠では不十分なのだ。政策提案では不十分なのだ。正論を掲げるだけでは不十分なのだ。公式な協定だけでも不十分なのだ。不平等を正すために必要な変化は、知的能力を称賛するようなたくさんの報告書を積み上げれば達成されるものではない。また、数人の官僚に対して巧みにアドボカシーのブリーフィングを行えばもたらされるものでもない。優雅な世界の議論では想像を絶する過酷な世界の問題を動かすことはできない。アプトン・シンクレアは次のように記している。「一人の人間にある事柄を理解させるのが難しいのは、その事柄を理解しないことがその人の給料に直結する場合である」。本当の変化を生み出すために、私たちはいわゆる不平等の「政治経済」を紐解きそれに踏み込んでいく。つまり、表面的で形式的な議論に参加するだけでなく、どのように権力が維持されているのかを理解し、私たちがどのようにそれに立ち向かうことができるのかを模索する。不平等は私たちの世代の闘いなのだ。


 

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