ちくまプリマー新書

ジェンダー平等、海洋資源、日本のSDGsは周回遅れに
『SDGsは地理で学べ』より「はじめに」を公開

グローバル化が進んだ現代では他国の問題が日本にも大きな影響を及ぼします。「SDGs」とは17の目標と169のターゲットのことを指し、全世界の人・企業に対してその達成が求められているものです。「地理」からSDGsを考えることで複雑な実態が見えてくる『SDGsは地理から学べ』より「はじめに」を公開します!

 

はじめに

 地理講師という仕事を15年以上していると、教え子たちから「先生はなぜ地理の講師になったのですか?」と「英語とか他の教科や科目も教えられそうなのに、なぜ地理だったのですか?」とよく聞かれます。

 一言で言えば「地理が一番面白いから」ということに他になりません。なぜ私にとって「地理が一番面白いのか」というと、とにかく自然から社会情勢に関することまで理文が融合した幅広い分野を扱い、しかも常に変化していて飽きることがない、また尽きることがない科目だからです。飽きっぽい性格の私にはぴったりだったのかもしれません。

 教え子たちからのこの質問の真意を勝手にくみ取ると、「なぜ地理のようなマイナーな科目を教えるようになったのですか?」、「英語とかメジャーな教科や科目の方がよかったのではないですか?」という地理に対する悲観的な見方もあるように思います。

 ただ、21世紀に入って時代は急速に変化してきました。それに伴い生じたさまざまな地球的課題を網羅的に解決する能力が人々には求められるようになってきました。そこには地理的視点は絶対に欠かせません。だからこそ、いっそう自分はこの時代に地理講師でよかったと心底思えるのです。

 最近、巷にはSDGsという言葉があふれかえっています。至る所でSDGsという言葉を見かけるようになりました。

 SDGs(Sustainable Development Goals)とは、先進国も発展途上国も含めた全世界の国々が、2016年から2030年までに達成すべき17の地球環境や気候変動に配慮しながら持続可能な暮らしや社会を営むために設定された国際目標、つまり地球が今日抱えるさまざまな課題解決のための目標です。地理という科目では、この17のすべての目標に関する内容を扱います。

 17のすべての目標は、さらに細かく169のターゲットから構成されています。2015年に国連が開催した「持続可能な開発サミット」で世界193か国が合意、採択され、2016年に発効しました。

 実はこの目標は、これまでの国連が定めた目標のように各国政府や自治体が旗振り役をやってお終いではなく、民間企業や私たち個人にも達成を求められている目標なのです(ただし法的拘束力はありません)。それもあって「だれひとり取り残さない」(No one will be left behind.)がスローガンにされています。

 日本でSDGsという言葉を頻繁に目や耳にするようになったのは、私の感覚では2020年前後のように思います。そのようなタイミングもあって、新型コロナウイルス以外伝えることがなくなったテレビをはじめとしたメディア媒体は、こぞってSDGsを取り上げるようになったのではないかと思われた方もいるかもしれません。この点を完全に否定はしませんが、先ほどの内容からわかるとおり、メディアも含めたすべての企業にSDGsの達成が求められるようになってきたことが背景にあります。

 法的拘束力がないのになぜ? と思った方もいるでしょう。それは2006年に定めた「国連責任投資原則(PRI)」が始まりでした。「国連責任投資原則」とは、わかりやすく言えば、持続可能な開発に欠かせないESG(環境、社会、企業統治)を重視した経営を行う企業が投資対象として優先されるべきだ、とする「ガイドライン」です。この「ガイドライン」に拍車をかけたのがSDGsだったのです。投資家から資金を調達できなければ、企業にとっては死活問題です。とくに大企業はその厳しい目にさらされるようになりました。言い換えれば、大企業はSDGsを積極的に進めざるを得なくなったわけです。

 とくに東京オリンピック開催にあたって、日本の大企業の多くがスポンサーとなりました。当然世界の厳しい目にその大企業は晒されるわけですから、日本では2020年前後からSDGsの取り組みが本格化したというわけです。

 このような状況をSDGsの教育に携わる者として、ありがたい気持ちの半面、複雑な気持ちで視ていました。

 というのも、SDGsをテーマにしたあるテレビ番組で、SDGsのために日頃実践していることとして、ゴミの分別をあげた出演者がいました。確かにSDGsはさまざまなことに関連しますからゴミの分別もSDGsの取り組みの一つと言えばそうかもしれません。また小さなことからコツコツやることをアピールしたい出演者の気持ちもわからなくはありません。ただ、SDGsの中身をちゃんと学習していれば、ゴミの分別などといった発言が出ることは考えにくいのです。やれることだけをやっていればよいという時代はもう終わりました。もっと積極的な生き方をしていかないと地球が抱える問題の解決にはつながりません。

 それぐらい今の世界は高速で物事が動いています。その中で既に日本は周回遅れになろうとしています、いや既にそうなってしまっている分野も少なくないのです。今の日本で生活しているととくに困ることもないので、地球が抱える問題が見えにくくなっていることが背景にあるのかもしれません。

 このような日本のSDGsへの取り組みの遅れや国民の意識の低さを物語る資料があります。

 「Sustainable Development Report」(「持続可能な開発報告書」)の2022年版によると、日本は2017年の11位をピークに3年連続で順位を落とし、ランキング開始以来最低の19位となってしまいました。

 日本のSDGsへの取り組みの状況ですが、「達成済み」とされたのは17の目標のうちわずか3目標(4 質の高い教育をみんなに、9 産業と技術革新の基盤をつくろう、16 平和と公正をすべての人に)だけです。「課題が残る」は5目標(1 貧困をなくそう、3 すべての人に健康と福祉を、6 安全な水とトイレを世界中に、8 働きがいも経済成長も、11 住み続けられるまちづくりを)、「重要な課題がある」は3目標(2 飢餓をゼロに、7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに、10 人や国の不平等をなくそう)、そして「深刻な課題がある」とされたのは6目標(5 ジェンダー平等を実現しよう、12 つくる責任つかう責任、13 気候変動に具体的な対策を、14 海の豊かさを守ろう、15 陸の豊かさも守ろう、17 パートナーシップで目標を達成しよう)でした。

 読者の皆さんはこの結果を見てどう思われたでしょう。まだ達成できていない目標の中には、日本は既に達成済みだと思っていた項目もかなりたくさんあったのではないでしょうか。正直に言えばSDGsに詳しい私ですら複数ありました。ただこれが今の日本がおかれた現状なのです。

 現在、世界で成功を収めるベンチャー(スタートアップ)企業の多くは、社会問題の解決が起業のきっかけとなっています。つまり地球的課題を解決すること、SDGsの達成を目指すことがビジネスを制することにつながっているのです。だからこそ私はSDGsの内容をほぼすべて取り扱う地理を通して、若いうちから身近なSDGsにできる限り多く触れておいてほしいと強く思うのです。まず地理を通して地球的課題に関心を抱き、その上で具体的な課題解決の手段となる、語学、歴史、科学、技術、工学、芸術、数学などを学んでいってほしいのです。

 本書を読んでもらうと、地理を通して見るSDGsは、これらの事柄が複雑に絡んでいることがはっきりと、またすっきりと見えてくると思います。本書をきっかけにSDGs、そして地理に多くの方が興味を持ち、ひとりひとりが社会問題の解決、持続可能な開発に主体的に貢献していけるようになることを願ってやみません。



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