ちくま新書

加害者も「弱者」、被害者も「弱者」という社会の行く末
田崎基『ルポ 特殊詐欺』書評

「特殊詐欺(トクサギ)」とは、オレオレ詐欺、預貯金詐欺、キャッシュカード詐欺盗などによってカネをだまし取る犯罪だが、最近の手口は強引かつ巧妙で恐ろしく、またごく普通の若者がSNSから誘われ加担している驚愕の実態がある。その実像を犯人視点で一気に読ませる『ルポ特殊詐欺』。 ベストセラー『ハゲタカ』をはじめ『売国』『レインメーカー』『神域』『墜落』など社会派の小説作品を数々発表している真山仁さんが、PR誌「ちくま」に寄せてくださった書評を転載します。

 事件とは、社会の鏡だ。精査していくと、その時代の様相が浮かび上がる。
 本書が取り上げた「特殊詐欺」も、現代社会の歪みを反映した犯罪といえる。
 かつて「オレオレ詐欺」や「振り込め詐欺」と言われた、身内をかたる人物が「今すぐ、これから言う口座にお金を振り込んでくれないと、大変なことになる!」と高齢者宅に電話を入れ、まんまとカネを騙し取る詐欺を今は、そう呼ぶそうだ。
 呼称が変わっただけではない。手口はより巧妙になり、犯行は分業化されているため、グループで犯行に及んでも、互いのことをまったく知らない場合が圧倒的に多いらしい。
 何より特徴的なのは、SNS時代の申し子と言える手口だ。高齢者を騙してキャッシュカードを受け取る「受け子」や、そのカードで実際にカネを引き出す「出し子」らは、ネットで堂々と募集されている。「高収入バイト」「闇バイト」など、手っ取り早く一日で数万円以上稼げるという惹句に、多くの若者が搦め捕られ、犯行に及んでしまう。
 現代社会では、一面識もない相手を「友達」と呼んだり、中には恋愛関係に至る例もある。そうした関係ではトラブルが生まれやすく、ネット上の心ない言葉で、精神的に傷つく例も多々ある。必然的に、ますます健全な人間関係が結べなくなる若者が増えている。
 トクサギは、SNSが浸透した現代社会ならではの犯罪と言える。
 危ないと知りつつ、それでもカネが必要な若者が募集に応じると、採用の条件として個人情報や口座番号の提出が求められる。さらには、秘匿性が高く通信記録が一定時間で消滅する特殊な通信アプリや、鍵がなくても暗証番号や二次元コードで利用できるコインロッカーなどを駆使して、犯罪が連鎖していく。
 便利な社会、人との面倒なコミュニケーションを避けられる社会が進んだ結果、時代の申し子と言える犯罪が生まれたわけだ。
 実際被害に遭ったという知人(大抵は親)もいるし、ニュースもよく耳にするが、なんでそんなものに引っ掛かるのだと思っていた。だが、本書を読むと、これだけ手が込んでいれば騙される人がいて当然と納得してしまった。
 尤も本書の凄さは、犯行に及んだ「犯人」側の視点から、彼らがなぜ犯行に及び、転落していったのかを克明に綴っている点にある。
 犯人側の視点に立って書くのは簡単ではない。ルポルタージュの場合、しっかりとした事実の裏付けが必要になるが、日本では、犯人に直接取材をすることが難しいからだ。だが、著者はそれを敢行すると共に、捜査関係者や裁判の傍聴によって、犯人の心情に迫っている。
 この手法のお陰で読者は、「犯人」の多くは、どこにでもいる若者であることに気づく。
 ちょっとした失敗(借金)でつまずいたのをきっかけに、手元にあるスマホで見かけた、手軽かつ迅速な金儲けという甘い誘いに自ら嵌まっていく姿から、誰もがトクサギの犯人になり得る危うさが、読者に迫ってくる。
 彼らの転落の構図は、若者が生きづらくなった社会を浮き彫りにする。また、被害者の九割が六十歳以上なのは、騙しやすいだけではない。日本の家計の金融資産約二〇〇〇兆円の約七割を彼らが保有しているからだ。
 カネのない若者という「弱者」が、カネはあっても老いと孤独を抱える「弱者」を襲うという絶望的なトクサギの一日当たりの被害は七七〇〇万円を超える――。これは紛れもなく、令和という時代が生み出した、深刻な犯罪なのだ。
 それにしても、筆者の根気と執念には頭が下がる。
 私が八年前に田崎基氏に初めて会ったとき、彼は民主主義の有り様に真っ向から取り組んでいた。その後、経済の新書を刊行したと頂戴し、今度は、トクサギときた。
 いずれも徹底的にのめり込む熱さに感心するのだが、この多種多様な問題意識こそ、まさに記者魂そのものでもある。
 柔で諦めの早い記者が増える中、「社会の木鐸」として愚直に突き進む田崎氏の渾身の作は、時代を刻む一作となった。

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