ちくまプリマー新書

「読まない人も行く」地域に愛され図書館界№1に!
『小さなまちの奇跡の図書館』より本文を一部公開

人口4万人にも満たない小さなまち、鹿児島県指宿市には2つの図書館があります。以前はどこの地方にもあるようなさびれた図書館でしたが、地元女性たちで結成されたNPO法人「そらまめの会」によって運営されるようになると、みるみる変化していきました。『小さなまちの奇跡の図書館』より本文を一部公開します!

図書館界の憧れ、ライブラリー・オブ・ザ・イヤー

 2021年11月26日、指宿市立図書館を運営するNPO法人「そらまめの会」の理事4人は、指宿図書館の一室に集まり、パソコンのモニターを固唾を飲んで見守っていた。

 モ二一ターに映し出されていたのは、「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー(LoY)」の最終選考会。先進的な図書館活動を行っている機関に対して贈られる賞で、図書館界では毎年、注目を集めるイベントである。中には、この賞をとることを目指す図書館もあるほど、図書館界の憧れでもある。

 最終選考会は、LoYの最高賞である「大賞」が決まる場でもあった。例年であれば、横浜市のパシフィコ横浜の大きな会場で開催されているはずだったが、この年は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、オンラインでの審査となった。

 この最終選考会にたどりつくまで、審査対象となった機関は何度も厳しい目でチェックされ、ふるいにかけられる。

 2021年のLoYではまず、全国各地から推薦を受けた28機関が審査の対象とされた。このうち、審査員による投票が行われ、第一次選考を通過したのは11機関。これらの機関には、全国でよく知られた著名な図書館や施設も名を連ねていた。

 たとえば、世界的な建築家、伊東豊雄さんが手がけた建築が目を惹く「みんなの森ぎふメディアコスモス」。岐阜市の複合施設で、岐阜市立中央図書館のほかに多目的ホールや市民ギャラリーなどを備える。

 特に図書館は、小さな子どもが寝転んで本を読めるスペースや、中高生専用の閲覧席などが若い世代に人気で、ぎふメディアコスモスが開館する以前の市立図書館よりも、40代以下の利用者が増えた。

 他にも、青森県八戸市が手がける公設書店という異例の取り組みが注目を集めている「八戸ブックセンター」。利用者からのユニークな問い合わせをまとめた本『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(福井県立図書館編著・講談社)で話題となった「福井県立図書館・文書館・ふるさと文学館」。健康をテーマにした独自の図書館づくりを行っている複合施設「大和市文化創造拠点シリウス」(神奈川県)。いずれも、全国メディアで度々登場する新しい図書館や取り組みが、第二次選考へと進んだ。

 図書館界の綺羅星が並ぶ中、指宿市立図書館とその運営を担う「そらまめの会」が含まれていた。指宿市立図書館とは、市内にある2つの図書館「指宿図書館」と「山川図書館」の2館を指す。

 これら2つの図書館は、世界的な建築家が設計した建物でもなく、何かのテーマに特化したり、自治体を挙げて取り組んだ新しいスキームから生まれたわけではない。

 それにもかかわらず、指宿市立図書館とそらまめの会は高い評価を受け、快進撃を続けた。

 第一次選考で選ばれた11機関は、2021年9月、第二次選考会を迎える。ここでさらに、「優秀賞」を受賞する4機関が選ばれた。結果は、兵庫県明石市の「あかし市民図書館」、「福井県立図書館・文書館・ふるさと文学館」、「三重県立津高等学校図書館」。そして、「指宿市立図書館および『そらまめの会』」だ。

 これら4機関は、次のステージである最終選考会へ向かうことになった。

館長が「まじか」と言った瞬間

 それまでは主に資料による審査だったが、最終選考会では各機関のプレゼンテーションが行われる。つまり、スライドや動画による紹介である。

 オンラインで多くの関係者や視聴者が見守る中、指宿市立図書館と「そらまめの会」の動画が流れた。

 5分34秒の動画は、図書館の利用者や、図書館を支えてきた人たちのインタビューが大部分を占めていた。他の機関が、自分たちの活動を紹介している中、異例の動画だった。

 いつも図書館を利用してくれている吉元さん一家。家族全員が自宅にいるように本を読みながら、館内でくつろいでいる姿が映し出された。

 昔からの図書館ユーザーという木之下三美さんは、「スタッフの方たちがすごく時間とエネルギーをかけて、いろんなイベントとかもがんばってくださってて。気が付くところが細やかで、センスが良いっていうか。だから昔に比べてずいぶん図書館がおしゃれになったなっていうのを感じます」と熱心に話す。

 地域おこしを手伝う今村俊一さんは、「もともと私は本が苦手で、今でもほとんど図書館の方は利用していません」と言いつつも、「そういう私でも、図書館がやっている活動みたいなのにはすごく惹かれて、図書館の方々といろんなそういう夢を語ったりするのが楽しくて」とうれしそうだ。

 小学3年生の男の子は、「僕が本が決まらなくて困っているときに、僕にぴったりの本をおすすめしてくれるところです」と図書館をほめる。

 気づけば動画は終わっていて、とにかく指宿の人たちは図書館が大好き、ということが伝わった。

 優秀賞を受賞した4機関のプレゼンテーションが終わると、審査員か感想を述べる。ある審査員はこんなふうに、指宿市立図書館とそらまめの会について話していた。

「市民の方がたくさんほめていらっしゃって、図書館のことだけど、自分の家族をほめているようなあたたかい気持ちが伝わってきました。市民の方との距離が近いのが伝わってきて、それが長く続いているのがいいなと思いました」

 大賞の発表は、最終選考会の最後に行われる。「大賞はうちじゃなくて、他のところだろうね」と口々に言いながら、指宿図書館でモニターを見つめていた4人。アナウンスされたのは、予想もしていなかった館名だった。

「大賞受賞機関は、指宿市立図書館に決定いたしました。おめでとうございます」

 その瞬間、指宿図書館館長で、そらまめの会の代表理事を務める下吹越さんが思わず「まじか」とつぶやいたのを、他の理事たちはしっかりと聞いていた。

 LoYは2006年から始まり、15年の歴史を持つが、関門海峡を渡り、九州の図書館が大賞を受賞したのは初めてのことだった。その場にいたそらまめの会のメンバーは沸いた。

 翌日、鹿児島県の地方紙「南日本新聞」や全国紙で、九州初の快挙が報じられると、「見たよ、この記事。あんたたちだよ」といって記事の切り抜きを手にした利用者たちが指宿図書館や山川図書館を訪ねてきた。「私たちですl」とそらまめの会のメンバーは笑って答えた。

 「こんな風に書いてもらえるとは、名誉なことじゃ!と。あんたたちは、すごかねーー! 図書館は、まちの宝だけど、あんたたちが宝じゃいが! 体には気をつけなさいよ」

 いつも利用してくれている高齢男性が、そう言って労ってくれた。指宿の人たちも、自分たちの町の図書館の快挙を大喜びしていた。

 「大賞をとったことも嬉しかったですが、利用者の皆さんが本当に喜んでくれたのが嬉しかったです」

 山川図書館の館長で、そらまめの会理事の久川文乃さんは振り返る。

 市民の人たちは、自分たちの図書館がなんかすごい賞をとったと喜んでいた。そらまめの会のメンバーは、それをみて大賞受賞の喜びを噛み締めた。



『小さなまちの奇跡の図書館』

好評発売中!

関連書籍