ちくま新書

「壊す人」としての主権者

恐怖と期待に満ちた“取扱い注意”の概念を掘り下げる禁断の書『主権者を疑う』の著者による新刊エッセイ(PR誌「ちくま」5月号掲載)を転載します。大江健三郎は主権、主権者をどう捉えたかを考察します。

  拙著は、ある座談会で、《憲法学者にかぎって憲法を信じていないように見えるのはなぜなのか?》との山尾志桜里(現在、菅野)が放った問いに対して、《私は憲法をそこそこ信じているが、後ろ向きに見えるのは、憲法よりもむしろ国民を信じていないからだろう》と応えたことに端を発している。私は、「主権者国民」を信じることができないし、信じないと言い切ることもできない。だから、疑うことにした。そして、畏怖と希望を両義的に吸い寄せる「主権者」あるいは「主権」という概念に、政治的に〝取り扱い注意〟のラベルを貼ることにした。
 なので、「主権在民」などは怪しいスローガンのトップに立つものであるが、先日亡くなった作家の大江健三郎は、私とは対照的に、「主権在民」を戦後の人間の「根本的なモラル」として自らの精神に刻んだ人物である。
 左翼である浅沼稲次郎を刺殺し、その後鑑別所で自死した右翼の山口二矢の事件に対して大江は、「ぼくにとって、日々の生活の基本的なモラルのひとつである《主権在民》の感覚、主権を自分の内部に見出そうとする態度が、いまや、戦後世代すべての一般的な生活感覚とはいえなくなっている」ことに衝撃を受けた。そして、問題作『セヴンティーン』(1961年)の主人公に山口を重ね合わせて、次のように述べている。「かれの自由で不安な内部に存在する国民主権よりも、もっと絶対的に確実に感じられる主権を外部にもとめ、ついにその志に殉じたのだった」と。「国民主権というモラルにおいて生きる戦後世代」と「死を賭しても自分の内部の主権を拒否して外部の権威に没入しようとする戦後世代」の間には恐怖を感じるほどの懸隔がある、と(以上、大江『厳粛な綱渡り』1965年)。主権を自己の内奥に探究するベクトルと、外部の権威に投影しそれを絶対視するベクトルを、同時代人を二分する対立図式で大江は捉えていた。
 さて、大江文学には主権(者)についての重要な表象が用いられている。『同時代ゲーム』(1979年)に登場する「壊す人」である。同書で「壊す人」は、「村=国家=小宇宙」の始源を開き、時代時代に再生を繰り返す指導者として描かれ、拙著でもまったく同じ表現を与えているところの「破壊者/創造者」として位置付けられている。さらに、拙著では、歴史をいわば封印する役割を担っている主権が、主権者として動き出すと、記憶や物語などの時間的集積物があふれ出てくると描いたが、大江においては、「壊す人」=「懐かしい人」という意図的な誤記のレトリックでその同一性を指摘しつつ、「壊す人」を「歴史を具体化している人間」と措定している(以上、『大江健三郎・作家自身を語る』2007年)。「壊す人」をめぐるこれらのイメージ描出が主権(者)論でなくて何であろうか!
 近時では、大江の「壊す人」を国学者・平田篤胤の「カミ」との相同性において語る言説も現れている。カミは世界が成立する以前の陰陽/雌雄が未分化な混沌、「鶏卵の黄身」のごとき混沌から、生/性の勢いとして現れる始源のほとばしりである。「壊す人」は「日本の神」そのものではないか、と(尾崎真理子『大江健三郎の「義」』2022年)。
 こう見てくると、『セヴンティーン』そしてその第2部である『政治少年死す』の少年は、主権を外部の権威に投影しただけでなく、自己の内奥にも求めたのではないか、と思えてくる。作者の大江自身は前者でしかないと言っている。だが、単に主権探索を外部化しただけでは、自死も殺人も必要なかったのではないか。自己の内奥に絶対性を探索する営みが中途半端であれば、イージーに外部の権威にそれを投影し、適当に帰依すればいい。が、絶対性を自己内部に徹底的に見出そうとした結果、少年は「壊す人」と出会った。彼は自死する瞬間に自涜する。生を破壊し、生を創造する営みの双方が同時になされ、少年はまさに「破壊者/創造者」たる主権者にしかできない絶対性の極致に到達することで、自分が自分の主権者であることを示した。内的探究はついに自己を突き破り、外部へと飛散するのである。
 大江の言う戦後世代の主権在民の内部化はそのような危険をはらんだプロジェクトである。主権は文学的にも〝取扱い注意〟である。

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