ちくま新書

戦時下の庶民生活をとらえた350枚超の写真
『写真が語る銃後の暮らし』はじめに

1931年の満州事変から45年終戦までの戦時下15年間を中心に、その前後の時代を350枚超の写真で振り返った『写真が語る銃後の暮らし』。その冒頭を公開します。関東大震災から復興を遂げた銀座や丸の内。歓楽街を闊歩するおしゃれなモボ・モガたち。元祖「和風メイド」カフェの女給。満州に渡った開拓移民の家族の苦労。連戦連勝に沸いた緒戦。しかし、戦況が厳しくなってくると……国民精神総動員下の庶民生活、配給、勤労奉仕、大日本国防婦人会、本土空襲、集団疎開、原爆、GHQ、引揚・復員兵など、貴重な一葉一葉をお見逃しなく。
南京陥落の報を受けて、皇居外苑を行進する高等女学校生徒の祝勝旗行列(「世界画報1938年2月1日発行)

はじめに
 戦後も78年目を迎え、「大東亜戦争」とも「一五年戦争」とも、あるいは「アジア太平洋戦争」とも呼ばれている昭和前期の〝戦争の世紀〞は、いまや歴史の一頁に埋没しようとしている。その原因はさまざまあろうが、一つには先の戦争に召集された元軍人の生存者の大半は100歳を超え、ごく少数になっていることが挙げられる。これら元召集軍人は先の戦争の生き証人であり、その実態を身近な人々に伝える重要な語り部の役も担ってきた人たちでもあるからだ。
 そしてもう一つ、昨年末、2022(令和4)年12月8日の〝太平洋戦争開戦記念日〞の報道傾向でも明らかなように、第二次世界大戦の実態や原因を分かりやすく解説するような新聞等の記事や放送番組は極めて少なく、最近のマスコミがこれらのテーマに関心が薄くなっていることも感じられた。その背景には、新聞の購読者やラジオ・テレビの視聴者の多くが、「戦争を知らない世代」で占められているということもあるかと思う。しかし、報道機関が購読者や視聴者の関心を勘案するのは当然としても、同時に購読者や視聴者に正しい歴史を伝える「語り部の役」も求められていると思う。
 それに対して、現政権は相手国のミサイル発射拠点などを攻撃する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有など、戦前の軍拡路線を思わせるような政策を推し進めようとしている。そのため防衛予算も大幅に増大し、さらにはアメリカから兵器を〝爆買い〞しようとさえしている。ところが北朝鮮のミサイル実験にも見られるように、相手の攻撃手段は多様化してきており、敵基地の見極めも容易ではない。それだけに相手の攻撃の兆候を見誤り、「敵基地攻撃」を実行に移した場合、国際法違反の先制攻撃となりかねない恐れも出てくる。
 いま私たちはその典型的な見本をロシアのウクライナ侵攻に見ることができる。ロシアの無差別ミサイル攻撃にさらされているウクライナの街や住民の姿は、まさにアメリカの空襲にさらされた80年前の日本の庶民の姿を二重写しにしているかのようでもある。

1940 年7 月7 日、「奢侈(しゃし)品等製造販売制限規則」が施行される(通称「七・七禁令」)大阪市では販売禁止の施行日を翌日に控えた10 月6 日、約2000 人の女子青年団が「贅沢は敵だ」「偲べ戦線」のプラカードを掲げ、モンペ姿でデモ行進を行った

 では、その「日本の庶民の姿」とはいったいどのようなものだったのだろうか――私たち令和に生きる日本人も、いまここで、80年前に無条件降伏という形で終止符を打った日本の「戦争の世紀」の姿を見直してもいいと思う。そこには父や夫、兄弟たちを兵役に取られた女性たちと家族の銃後の姿がある。為政者に尻を叩かれ、服従を強いられながら今日、明日を生きる老幼男女の姿がある。さらには戦局が悪化し、日本本土が戦場となってアメリカ軍の空襲に襲われるようになるや、人々は焼土と化した瓦礫の街を、死者の骸(むくろ)をかき分けながらさまよう日々を強要された。
 そして迎えた1945(昭和20)年8月15日、戦禍に代わって人々に襲いかかったのが飢餓地獄であった。住む家を焼かれた人々は来る日も来る日も着の身着のままで、ただただ食べ物を求めて焼け跡を放浪していた――こうした80年前の日本の姿の再現を願う人はいまい。日本がそうした歴史を繰り返さないために、たとえいかなる敵基地攻撃能力を備えたところで、現代の戦争で国土と国民を完璧に護(まも)ることは不可能である。いま日本に望まれているのは敵基地攻撃能力の拡充よりも、話し合いによって戦争を回避する外交力の充実・拡充ではないだろうか。そこで本書では、80年前に日本の庶民が直面した狂喜から絶望へ至る15年間の日々の姿を、当時の内閣情報部編集の『写真週報』や戦前の写真誌などから追い、読者の皆さんに参考資料として供したいと思う。

【目次】
序 章 昭和モダン
第一章 軍靴の音 一九三一(昭和六)年~一九三六(昭和一一)年
第二章 国家総動員 一九三七(昭和一二)年~一九四〇(昭和一五)年
第三章 必勝の生活戦 一九四一(昭和一六)年~一九四三(昭和一八)年
第四章 一億戦闘配置 一九四四(昭和一九)年~一九四五(昭和二〇)年八月一五日
終 章 敗戦と占領

 

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