†セカンドキャリアへの不安
米国在住中は、会社支給のパソコンをほぼ毎日開き、メールを欠かさずチェックしていた。妻の帰国時期がいつになるか見通せなかったものの、帰国となれば復職し、再び働くつもりだったためだ。
3年3カ月の米国生活を終え、日本に帰国したのは2021年春のことだった。その4カ月ほど前に、帰国することが本決まりになった際、次のキャリアとして考えたのは、大学院への入学だった。帰国の本決定に先立ち、会社の休職制度で定められた三年の期間の期限切れを迎えたため、同行を決断した時以上に悩んだものの、コロナ禍真っ最中の米国に妻子だけを残す不安は払拭できず、最終的に退社することにした。
当時の私は、自分も含めて「男性のキャリア中断が一般的ではない日本社会において、帰国後の駐夫はキャリアを再構築するにあたって、極めて不利な状況に置かれるのではないか」と考えていた。検証したかったのは、これに加えて、駐夫になった私が抱いた複雑な感情は、自分だけのものなのかということ。そして、他の駐夫は帰国後のキャリア再設計をどのように進めてきたのか、異国で活躍した妻との関係性はどうなっているのか―。
これらに関し、自分の経験だけにとどまらず、学問として捉え直した上で、世に何かしらの問題提起や実情を訴えることができたら、今後の男性キャリア形成のあり方について、一つの処方箋を示すことにもなるのではないか。硬直的なジェンダー役割規範がいきわたり、男性のキャリア中断に及び腰な日本社会全体に向けて、何かしらの波紋を広げることにもなるのではないか。そんな思いを抱いていた。
こうした課題意識に基づいた修士論文をまとめてみたい――。まだ入試日程が残っていた社会人大学院を探し、米国でオンライン面接に臨み、2021年4月、社会人大学院の門をくぐった。以後、2年間にわたって、研究活動に没頭した。
修士論文では、駐夫すなわち「配偶者の海外赴任に同行した男性」を経験し、日本に帰国済みの男性(20代〜40代)で「国外に一年以上滞在し、帰国してから一〇年未満」に該当した調査対象者10人に対するインタビュー調査を実施し、質的研究で分析した。
彼らに着目することで、新たな男性のキャリア像のあり方を浮かび上がらせた上で、渡航前、現地滞在中、帰国前後におけるキャリア意識の変容を探った。また、現地で新たに獲得したスキルや既存スキルを伸ばしたことが、キャリア中断が帰国後のキャリア設計にどのような影響を与えたのか、海外生活経験から得られたキャリアや働き方を巡る新たな価値観が、どのように作用したのかなどについて、解明に努めた。
†男はみんなつらいのか
米国滞在中の2018年に、私はフェイスブック上で、現役の駐夫、駐夫経験者、プレ駐夫が集う「世界に広がる駐夫・主夫友の会」を立ち上げた。駐夫という言葉は、私が渡米した時点で、ネット上では確認できなかった。ひょっとすると、私が広めたのかもしれない。発足当時のメンバーは、わずか4人。私と同様に、今後のキャリアに対する不安や、現地生活での多大なストレスを一人で抱え込み、誰にも吐き出せず、精神的な孤独に陥る日本人男性は他にもいるのではないか。自分以外にも奮闘している同志が、世界のどこかにいると分かるだけで、励みになるのではないか。駐夫グループを立ち上げたのは、そんな理由からだった。
出産による産休、その後の育休などでキャリアの中断を迫られるのは女性に偏っているのが現状で、男性のキャリア中断はまだまだ希有であると言える。そうしたなかで、配偶者の海外赴任を受け、休職や退職をした上で帯同し、日本におけるキャリアの中断に踏み切った男性たちの実像は、まだまだ知られていない。本書では、妻の海外赴任に同行した駐夫経験者10人のインタビューから、彼らの意識変容や就業行動、キャリア設計に向けた道筋を浮き彫りにする。ここから男性優位が指摘される企業文化が根強く残る日本社会で、男性がキャリアを一時的にセーブして女性を支えるという新たな夫婦像やキャリア形成観を示したい。さらに、「男は仕事、女は仕事と家事・育児」という硬直的な性別役割を交換した、多様な家族形態を紹介する。
また、本書執筆にあたり、海外駐在という極めて限られた領域から飛び出して、「経済力や社会的立場で妻より劣っていると自認する男性たち」に対し、新たにインタビューを実施した。登場するのは、妻が会社を経営する研究職の内田さんと、夫婦ともに政治家の渡辺さんだ。(いずれも仮名)
彼らは駐夫と同様、世の中の流れに先んじて、夫婦間で性別役割を柔軟化させている。そのため、男としての複雑な思いに駆られ、モヤモヤを抱えている。女性の社会進出が一段と進むことによって、妻が収入や社会的地位で夫を上回るカップルは、ますます増えていくと考えるのが自然だろう。こうした状況に苦しむ2人の姿は、この先の日本人男性を取り巻く状況の未来予想図になるのではないだろうか。
両者を論じることで、近年指摘されるようになった「男の生きづらさ」のあり方が、より立体的に見えてくるだろう。それによって、男女を問わずジェンダー平等意識を日本でも一段と浸透、醸成させていくことの意義はあるものと考えている。
また、文中で紹介する発言については、モヤモヤ感をよりリアルに伝えるために、あえて修正は最小限にした。悩みや苦しみを吐き出すのが苦手とされる男性が、インタビューに応じてくれた思いを尊重したい。