ちくま新書

妻の転勤に同行するために休職した政治記者を苦しめた、「男らしさ」の呪い
『妻に稼がれる夫のジレンマ――共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』はじめに

2017年、働き盛りの政治記者だった著者の小西一禎さんは、妻のアメリカ転勤に同行するために大手全国メディアを休職しました。その時に小西さんを襲ったのは、ニューヨークへの憧れを打ち消すほどの焦りや不安だったと言います。新天地で自分自身と向き合って見えてきた、男らしさの呪縛とは――。
『妻に稼がれる夫のジレンマ――共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』より、「はじめに」を公開します。

†政治記者、駐夫になる
「あいつ、終わったな」
「気でも狂ったんじゃないか」
「俺には理解できないよなぁ」
「いなくなるのは痛いが、子どもはまだ小さいしな。おまえも、子どもが遠くに離れて、生活が荒廃するよりは、一緒に行くのがよいと思う。制度があるんだから堂々と使え。そして何よりもカッコいいぞ。後輩のためにもなる」
「小西さんらしい決断ですね。応援しますよ」
「いい経験になるぞ。よい決断をしたと思う」
「ステキです」

 2017年末、米国転勤となった妻に同行するため、所属する会社では男性で初めてとなる「配偶者海外赴任同行休職制度」を取得し、仕事を休職した。二児を連れて渡米し、現地で主夫=駐夫(海外駐在員の夫)となることを上司に伝え、それが会社の同僚らに知れ渡った後、周囲の人々から私が直接言われたり、あるいは「風の便り」として、間接的に聞いたりした声だ。
 こうして字にしてみると、半ば批判めいた見方がある一方、激励と受け止められる声も交錯していることが分かる。当時は、逡巡した末ではあったが、一度決断した以上、気持ちは前を向いていたため、周りの意見はあまり気にしていなかった。いや、実は、後押しする声ばかりを心の励みとしており、ネガティブな意見は耳に入れようとしていなかったのかもしれない。
 私は1996年に、大手全国メディアに入社した。9年間の地方勤務を経て、2005年春、念願の本社政治部に配属された。以後、朝から深夜まで日本政治の最前線に立ち続け、2度の政権交代をはじめ、幾多の政治ドラマを目にしてきた。永田町で政治記者として働き続けること、実に13年間。その間、結婚し二人の子宝にも恵まれた。すべてが順調だった。
 築き上げてきたキャリアを一時的とはいえ中断せざるを得ないことに、まったくためらいがなかったと言えば、噓になる。午前中は何も決まっていなかったことについて、午後から夕方にかけて一気に物事が動き出し、その日のうちに結論が打ち出されるようなスピード感に溢れているのが政治の醍醐味だ。その取材現場から数年間離れるのは、怖かったというのが正直なところだった。
 同期からもどんどん取り残されていくのは必至だ。帰国後に復帰しても、自分のポジションは果たして用意されているのか。その後のキャリア形成は大いに不安だった。それに、休職ゆえ、欠員補充はされない。激務を続ける同僚の負担は増し、迷惑をかけることにもなる。
 何よりも、日本の中心でもある永田町で仕事漬けだった自分が、妙なプライドを捨て去り、主夫=駐夫なんかになれるものなのか。妻のキャリアを優先し、自らのキャリアをセーブする。どういう毎日になるのだろう。しかも、初めての海外生活だ。
 一度は、心の中で自分なりに折り合いを付けたはずだった。それでも、憧れの国・米国で始まる新生活が楽しみな反面、数え切れないほどの不安にさいなまれながら、ニューヨーク行きの航空機に乗り込んだのを思い出す。

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