ちくまプリマー新書

一冊一冊の本が「その向こう側」へとつながる「扉」であるということ
『つながる読書』より「はじめに」を公開

人それぞれの思いが、さまざまな言葉に乗って織りなされていく。本で他者とつながることの面白さを実感できる、新感覚の読書体験。本の持つ無限のつながりの中に飛び込む『つながる読書――10代に推したいこの一冊』より「はじめに」を公開します!

本という「扉」

 こんにちは。小池陽慈と申します。あれこれ本を書いたり、予備校というところで現代文の授業をしていたりする者です―なんて退屈な自己紹介は置いときまして、あのですね、私、先日、びっくりするような体験をしちゃったんですよ、ええ。

 子どもの頃、私の地元では、「グリンピース」っていう変わり種のジャンケンが流行っていたんですね。

 「グリーンピース! ぐりん、ぐりん、ぱりん!」

 「ぱりん、ぱりん、ちょりん!」

 だなんて遊ぶんです。で、なんとなんと先日、この遊びの掛け声を公園で耳にしたんですよ。そりゃ、驚きましたよね……。

 「どうして何十年も前に私たちが楽しんだ言い回しが、こうまで正確に―リズムやイントネーションまで―伝わってるんだ!」

 文字に書き記されずに、人の口から口へと長い時間をかけて語り伝えられていく物語や神話などのことを、口承文芸と言います。私は、子どもたちのこうした遊びのための言い回しも、立派な口承文芸だと思うんです。

 子どもの遊びの言い回し、恋の切なさを歌う歌、あるいは部族の神話や物語――そうした〝言葉で紡がれるものたち〞は、太古の昔、すべて、口伝えで人から人へと、一つの時代から次の時代へと、手渡されていきました。私の知る「ぐりん、ぐりん、ぱりん!」も、そうした遥かな営みの流れのなかにあるのかもしれないと思うと、なんだか、胸がいっぱいになります。文化って、なんてすごいんだ……と。

 けれども、〝言葉で紡がれるものたち〞について考えるうえで、やはり、文字で書かれた書物の存在を忘れるわけにはいきません。口承文芸もすばらしいけれど、書かれた本だって、同じように、すばらしい。これもまた、人の誇る文化です。

 例えば、石、粘土、布、木、竹、植物の繊維を加工したもの、いわゆる紙、そして今でスマートフォンの画面など、人は、文字というものを用いて、物語や、詩や、神話や、歴史や、噓や本当のことや、自分の心の声や、考えたことなどを、星の数ほど書き記してきました。そしてそうしたものの一部は――といっても母数が膨大ですから、その〝一部〞もまた無限と言っていいほどに膨大なのですが――、本、という形で、私たちのもとに届けられています。

 考えてみれば、途方もないことだと思いませんか?

 だって、行ったことも見たこともない場所で知らない人の書いたものを、私たちは読むことができる。歴史の教科書に出てくるような偉人や天才たちの言葉を、読むことができる。逆に、時の流れのなかでその名を忘れ去られてしまった人々の言葉にも、触れることができる。それに――人は、本来、他人の心の内側など知ることはできないはずなのに、書かれた文章を通じて、それを垣間見ることもできる。たとえ、その人が、もうとっくの昔にこの世からいなくなってしまっていても。

 この本の中で、私は、読書猿さんという方と対談をしています(第2部)。

 読書猿さんは『独学大全』(ダイヤモンド社)という独学のための本を書かれている人で、学ぶこと、読むことの楽しさや喜びを語る天才なんですね。

 読書猿さんは、対談が終わったあと、こんなふうにおっしゃっていました。

 ある本を開くことは、それを「扉」のように開き、その本の「向こう側」の世界へ通じる入り口を開くことでもある。

 一冊一冊の本が、読書猿さんのおっしゃるように「その本の「向こう側」の世界」へとつながる「扉」であるとするならば、無限と言ってよいほどに膨大な本に囲まれている私たちは、無限の世界へとアクセスすることができるということになります。しかも、その「扉」が本である以上、いま、この場所にいながらにして。あるいは、ソファでくつろいだり、ベッドで毛布にくるまったりしながらだって。

 私は、ぜひ、皆さんにも、その「扉」をたくさん押してみてほしい――「扉」という言葉でこの思いを口にするようになったのは読書猿さんとの対談の後からですが、でも、私もまた、同じような気持ちはずっと抱き続けてきました。

 だから、その案内人として「ぜひこの人にお願いしたい!」という方々――もちろん、皆さんが、本のプロ、読むことや書くことのプロばかりです――に声をかけたんです。そして、「若い人たちに是非読んでほしい!」という一冊を紹介してくださいって、お願いしたんですね。それが、この本の第1部、「本のプレゼン」です。

 私、今回の企画にあたってお声がけした方々の全員と、つい数年前まではまったくの他人だったんです。それが、SNSや各種のイベントを通じ、こうしてつながった。もちろん、本に対する愛を紐帯として。すごいですね。本は、人と人とをつなげてくれるんですね。第3部「つながる読書」は、そんなことも思いながら読んでいただければ幸いです。

 なお、この本は、「こんなのがあったらいいな……」と私がずっと妄想してきたイベントが実際に行われたとしたら……という設定で、プレゼンターの方々に文章を書いていただき、それをもとに何度もやりとりをしながら編集しました。でも、いつか、こんな大会を本当に開けたら嬉しいなあ……。



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