ちくま新書

フリーランスと労働法の谷間に「橋」を掛ける試み
『労働法はフリーランスを守れるか―これからの雇用社会を考える』書評

UberEatsやamazon配達員など、アプリで仕事を請け負い、働きたいときだけ仕事をする、ギグワーカーと呼ばれる働き方が注目されています。時間にとらわれず、決められた職場もないその働き方は、一見とても自由そうに見えます。しかし、単発で業務を委託される個人事業主(フリーランス)は労働法上の「労働者」ではないため、労災保険が適用されず、最低賃金や長時間労働の規制対象にもならず、失業時の補償もありません。多くのリスクにさらされる人々を守るための枠組みを考える、橋本陽子さんの新著『労働法はフリーランスを守れるか―これからの雇用社会を考える』。労働法政策がご専門の濱口桂一郎さんによる書評を、『ちくま』4月号より転載します。

 とはいえ、日本のように競争法中心でいくやり方でいいのかというと、評者も疑問がある。競争法による保護は弱い個々の自営業者を守ることが目的なので、団結して強者になろうとすると、カルテルだといって潰しにかかる危険性があるからだ。百年前のアメリカでは反トラスト法が組合潰しに猛威を振るったこともある。EUではフリーランスに競争法は手を出さないというガイドラインを出している。労働者性の判断とは一応別に、フリーランスが団体交渉して労働協約を結んでもかまわないという考え方だ。そちらが世界標準だろう。
 労働者性については、行政の現場レベルにも問題がある。労働基準監督官が監督現場で労働法違反を摘発するときに、そもそも働いている人が労働者なのかどうかを判断する材料として渡されているのは、四十年前の労働基準法研究会報告なのだが、これは労働法学者たちがそれまでの判例を整理した論文なのだ。学問的には大変水準の高いものではあるのだが、いかんせん現場の監督官が日常使うにはご立派すぎる。監督官は毎日監督に行った後、どういう違反があってどういう処置をしたかを監督復命書によって報告しなければならないのだが、評者が過去二年半の監督復命書を分析したところ、監督官が様々な要件のどれを重視すべきかに頭を悩ませていることがわかった。裁量制やテレワークなど、雇用の範囲内で多様な働き方が増えてきたことを考えると、四十年前の労働者性判断基準を見直す必要もありそうだ。
 正直、労働法の難しい議論が延々と並んで読みづらいところもあるかもしれないが(評者ならもう少し目線を下げて、砕けた感じで書くのだが)、今日喫緊の重要な政策課題を深く突っ込んで考えるための材料がいっぱい詰まっている本である。

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