ちくま学芸文庫

10年後、もう一度アジア主義を問いなおす

日本と東アジアに緊張状態が続く今日、なぜ「アジア主義を問いなおす」べきなのか。著者による論考をPR誌「ちくま」12月号より掲載します。

 このたび10年前に刊行した『アジア主義を問いなおす』(ちくま新書)が一章分を増補して、ちくま学芸文庫に収められることになった。名著が並ぶちくま学芸文庫の末席を汚すことになり、たいへん恐縮している。他方で素直にうれしい気持ちを表したい。以下ではこの10年間のアジアと日本との外交関係を振り返りながら、増補版の刊行意図を説明する。
 過去10年間の日本の対近隣諸国関係は、内閣府の「外交に関する世論調査」によれば、次のように悪化の一途をたどっている。「中国に親しみを感じる」34.3%(2006年)→14.8%(2016年)。「現在の日本と中国の関係は全体として良好だと思わない」70.7%(2006年)→85.7%(2016年)。10年前の段階でも親しみを感じる人が少数派だったのに、今ではさらに半減している。関係が良好だとは思わない人の割合は高止まりしている。
 韓国との関係ではそれぞれ48.5%→33.0%、57.1%→73.1%となっている。中国と同様の傾向である。
 東南アジアに目を転じてみても、昨年(2015年)ASEAN共同体が創設されたにもかかわらず、日本の関心は乏しい。今年のイギリスのEU離脱国民投票の結果は、アジアにも間接的な影響を及ぼして、地域共同体に対する懐疑の念を強めることになりかねない。
 この10年間、日本国内では社会的な格差の問題が深刻化した。国民の主な関心は国内問題であり、「内向き」志向が強まっている。2010年に中国に追い抜かれてGDP世界第3位に転落した日本の衰退は避けられないかのような悲観論が広がっている。
 このような国内外の状況のなかで、それでも「アジア主義を問いなおす」ことの意義は何か。
 衰退の予兆に包まれた過去10年間の日本とは対照的に、この10年間のアジアは変貌を遂げていた。どのような変貌なのか。末廣昭『新興アジア経済論』(岩波書店、2014年)の重要な指摘のなかで、とくに次の点に注目したい。一つは「『アジアの世紀』の再来と中国の台頭」である。21世紀はアジア地域の成長の軸となる国が移動して、再び「アジアの世紀」となる。もう一つは「アジア化するアジア」である。冷戦下の日本を含むアジア諸国の最大の通商貿易相手国はアメリカだった。ところが今ではアジア域内での経済的な相互依存関係が深化している。
 同書の意図は衰退する日本と興隆するアジアを対比的に描くことではない。著者は言う。「新興アジア諸国の場合、経済発展は着実に貧困人口比率の低下をもたらした。その一方で、国内の所得格差は解消されず、むしろ拡大する傾向にある。新興アジア諸国が直面する最も深刻な問題は、この経済的不平等の問題である」。ここに示されるように、日本はアジア諸国と共通の社会問題を抱えている。
 共通するのは経済的な格差の問題にとどまらない。新興アジア諸国も高齢化社会の到来を迎えようとしている。福祉国家への道も険しい。社会保障制度の不十分さは、程度の差こそあれ同じである。
 以上の議論を踏まえれば、日本は好むと好まざるとにかかわらず、アジア諸国と共通する問題の解決をめざすことになるだろう。これからの日本が「アジア化するアジア」の一国として国際的な責任を果たそうとするのであれば、「アジア主義」の歴史は蘇るにちがいない。

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