世界マヌケ反乱の手引書刊行記念鼎談

マヌケ世界革命は始まっている【後編】
『世界マヌケ反乱の手引書――ふざけた場所の作り方』刊行記念トーク

2016年11月6日に紀伊國屋書店新宿本店で行われた、松本哉氏、柄谷行人氏、井野朋也氏の鼎談「マヌケ反乱とは何か?!ーー『世界マヌケ反乱の手引書―ふざけた場所の作り方』(筑摩書房)刊行記念トークショー」 の後編をお届けします。いまの社会において勝ち組でも負け組でもない、「マヌケ道」という生き方についてお届けします。

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●「ベルク2号店」?

井野 自分たちはマヌケかもしれないけど、ベルクは全然マヌケではないんですよ。あそこはもともと親がやってて、それを継いだ形になるんですけど。業態としてはファーストフードで、ターゲットは通勤客です。今はルミネにあるからお客さんは消費者なんですよ。自分たちは面白いことをやろうと思ってるんだけど、お客さんは別に面白いことをやりたくて来ているわけじゃない。つまり、通勤の途中や帰りにちょっと寄る店なんですね。そういう意味ではむしろ普通の人というか、マヌケじゃない人たちのほうが圧倒的に多い店なんです。

柄谷 マヌケっていうのはそういう意味じゃないよ。

井野 それはわかるんですが、とにかくベルクはそういう店で、本当に普通の人が来ている。わりとひとり向けの店というか、ひとりになりたい時に行く店みたいなところがあって。ひとりになりたい時、誰もいないところに行くんじゃなくて、いろんな人がいるところに行きたくなる。そういう感じってあるじゃないですか。ベルクって、本当にいろんな人がいるんですよ。新宿はいろんな人がいる雑多な街なんだけど、お金持ちはお金持ち向けの店に行くし、女の人は女の人向けの店に行く。だから業者さんから「こんなにいろんな人がいる店はないね」って言われて。うちにはけっこうセレブな人も来るし、ホームレスも来る。ネット上でベルクは国外でも知られてるみたいで、いろんな国からもお客さんが来る。あと、けっこうひとり者が来ますね。とにかく、いろんな人がいるわけですよ。その中で僕も飲んでるんですけど。

松本 みんな、どういうことでベルクのことを知るんですかね。「唯一、個人経営で頑張ってるところ」みたいな感じなんですかね。

 

(*写真は控室で『ベルク通信』を真剣に読む松本氏)

井野 なんでそんなに知られているのか、わからないんですよ。「台湾のロックバンドが、ベルクのことをすごく書いてたよ」とかそういう話は聞くんだけど、僕はその人のことを知らないし。僕は、外国の人がベルクを紹介してくれてるのを一度も見たことがないんだけど、けっこう紹介はされてるみたいですね。「とにかくあそこ、行ってみな」みたいな感じで。そういういろんな人たちが集まってる中で飲んでると、妙に落ち着くんですよ。

柄谷 井野さんは普通の社会人だったじゃないですか。親のあとを継ぐにしても、普通はそういうことはやらないと思うんですよ。近年は勝ち組・負け組という考え方になっていて、勝ち組のコースから脱落したら負けと見なされる。でも一方でそうじゃないマヌケ道があって、井野さんはその道を通ってると思うんです。普通、あれだけやってたらチェーン店になるでしょう。東京中にベルクができて、どこの駅に降りてもベルクがある。それを目指すのが勝ち組だと思うんです。そこから見たらこの人は負け組なんだけど、全然負けてない。だから、それをマヌケと言ってるんです。わかります?(笑)

松本 今までに、店舗を増やすという計画はなかったんですか?

井野 経営コンサルタントみたいな人からよく「ベルクを一言で説明してください」って言われるんですけど、そこでうまく言えないと「ああ、駄目ですね。あなたは失格です」って言われる。一言で説明できないと、チェーン展開できない。僕はベルクを一言で説明できないんですよ。

松本 できっこないですよね。

井野 ベルクのひとつのイメージ、統一されたコンセプトがあればそれをパックにして、どんどん増やしていけるんでしょうけど、これは行き当たりばったりで生まれたものなので。まず、新宿っていう街自体がそうだと思うんです。もし「新宿っぽさって何?」って聞かれたら、「行き当たりばったりなところ」って答えると思います。

柄谷 前はそうだったと思うけど、そういうのは徐々になくなってきたから。外国人がベルクに注目するのは、自分の国でそういうものがなくなっているからだと思うんです。それで、ネットで評判になるんじゃないですかね。

井野 スタッフはどんどん増えていくし、その中には独立したいという人も何人かいるから、義務的には「2号店とか、やらなきゃいけないな」とは思うんですけど。

柄谷 それは、松本さんたちの何号店とは違うよ。松本さんのは勝手に名乗ってるだけだから、チェーンを拡大してるわけじゃない(笑)。だから松本さんには、何にも入ってこないし。

松本 「素人の乱」には何号店が大量にあるんだけど、それぞれが勝手にやってる。

井野 「素人の乱」って何号店まであるんですか?

松本 いや、もうわからないです。最初はカウントしてたんですけど、基本的には全部独立採算でやってるので。勝手に名乗ったりやめたりするから、わからなくなってて。要するに、完全にハッタリなんですよね。たくさんあって「えっ、二十何号店?」みたいな感じなんだけど、実は友達の店が20個あるだけだから全然大したことない。

井野 うちもそこに入れてくださいよ(笑)。

松本 リサイクルショップではお金もモノもたくさん回さなきゃいけないから、従業員がたくさん必要で。あと商品を運ぶのにトラックも必要だし、いろいろ大変です。自分の経営で3~4店やったことがあるんですけど、それだと目が届かないし、全然面白くないんですよ。全部をやろうとしたら全部が中途半端になって、全部が自分の店じゃないみたいになって。だから、やっぱり目が届く範囲の個人店をやるのが一番楽しいですね。

井野 今回の本を読んで初めて「2号店もありかな」と思ったんですよ。実際に実現できるかどうかは別として。今までは、そんなこと考えたことがなかったんですけど。この本に「世界店番交代作戦」というのが出てきますよね。たとえば大阪にベルクをつくった場合、働いている人は大阪に住むことになる。もし僕が大阪でちょっと暮らしてみたいなと思ったら、そこに行って店番をする。

松本 それは最高ですね。

井野 それはやりたいなと思ったの。

松本 ずっと同じところにいて煮詰まるのは嫌だから、店番するところを交代する。

井野 僕もまったく違う土地で暮らしてみたいけど、それは無理だと思ってた。もしそれができたら、やってみたいな。

柄谷 さっきもいったけど、大阪に行くなら、言葉に注意すべきですね。マヌケならいけどね。

井野 大阪ではそうですね。あと、この本に書いてある、壁に大きなスクリーンを設置する(「世界のマヌケ窓作戦」)というのも面白いですね。ベルクでは今、壁で写真などを展示しています。それも面白いんだけど、壁のスクリーンで他の店の様子を見せる。

松本 壁に大きなスクリーンがあったら、他の店の様子を見ることができる。

井野 たとえばヘルシンキのどこかの店と提携し、お互いの様子をスクリーンに映し出す。そうしたら、お互いの店の様子をリアルタイムで見られる。

松本 それで、画面越しに会話できる。

井野 若い頃だったらそういうことを考えたかもしれないけど、最近はそういうことを考えなくなって。この本を読んで、それもいいなと思いました。それこそが「素人の乱」なんですよ。

 

●貧乏臭さがなくなると……

柄谷 リサイクルショップなどがどんどん連合していく。協同組合でもそういうことをやってきているから、それはそれでいいと思うんですけど、協同組合の人たちにはデモがなくて、本当におとなしいんですよ。彼らは、自分たちが何のために始めているのかということをすっかり忘れてしまっている。そうなると、チェーン店とあまり変わらないんですよ。

 松本さんたちのマヌケの特徴は、デモをやることです。松本さんは1994年に法政に入ったらしいですが、僕は98年に法政の教員をやめた。僕が法政をやめた理由と、この人が運動を始めた理由は、実は同じです。この人は「法政の貧乏くささを守る会」というのを始めた。僕がやめたのも、いうなれば、法政大学が貧乏くささから抜け出そうとしたからです。

井野 法政はお金持ちの大学になろうとした、と。

柄谷 法政の横を通ったらわかるだろうけど、高層ビルが建っています。僕がやめた後に建った。そこに教員の研究室がある。以前は、研究室もろくになかった。あるにはあったけど、大人数でひとつとか。最後に、よくなった時でも、2人につき1部屋でしたね。僕がやめた後、法政が貧乏くさくなくなって変わったわけですが、あれで大学がよくなったとは思えない。だから、この人の運動は先駆的だったんですよ。

井野 学生の時から、そういう活動をしてたんですよね。

柄谷 当時は僕も知らなかったけどね。

松本 「法政の貧乏くささを守る会」という名前についてですけど、僕は別に貧乏な感じが好きなわけじゃない。貧乏くささをなくすことによって自由な雰囲気がなくなって無機質な感じになり、人の顔が見えなくなってくる。あれがすごく嫌で。

柄谷 簡単にいえば、新自由主義が法政大学にも浸透したということですね。ただ、松本さんはそういう言い方をしない。言葉が重要です。マヌケもそうだけど、この人が使うと貧乏くさいっていう言葉もいい意味になるんですよ。「貧乏たらしい」じゃなくて「貧乏くさい」。そんなことは辞書に書いてない(笑)。僕は彼に会ってその時の話を聞いてから、法政で昔同僚だった人たちに聞いてみたんです。そうしたら「松本には手を焼きましたねぇ」と言っていた(笑)。

松本 やっぱり、言葉の力っていうのはすごく大きくて。僕が「法政の貧乏くささを守る会」をつくった時、法政は金持ちの大学に方向転換しようとしてたので、超でかい字で「法政の貧乏くささを守る会・会員募集!」と書いた。街の人や通りすがりの人、受験したいと思って親子連れで来る高校生がそれを見たら「ああ、この大学は貧乏くさいんだ」と思うじゃないですか(笑)。「守る会」があるということは貧乏くさいんだと。それが嫌な人は、大学に来なくなる。そういうことをすると、雰囲気が変わってくるんですよね。それがすごくいいなと。大学もそうですけど、やっぱり人の顔が見えるというのは大事なことじゃないですか。ここにいる人たちは何をやっているのか、直接会わなくてもにじみ出てくる場所っていうのはよくて。

 そういう意味では、ベルクってすごくいいですよね。たとえば物販のコーナーがあったりして、ただコーヒーやビールが美味しいだけじゃない。「ここはこういう雰囲気なんだな」ということがわかる。ここの店長が誰なのかわからないけど、「こういう人がいるんだな」ということがわかる。だから行きたくなるんだなと。

井野 やっぱり、そういう場所をつくることは大事ですよね。ネットだけで人のつながりをつくれると思ってる人も多いけど、それだけだとやっぱり駄目で。

松本 それだと面白くないですよね。

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