世界マヌケ反乱の手引書刊行記念鼎談

マヌケ世界革命は始まっている【後編】
『世界マヌケ反乱の手引書――ふざけた場所の作り方』刊行記念トーク

●デモの効用

井野 とにかく大事なのは、いろんな人が集まる場所をつくることですよね。デモに関してもそうです。デモなんて、お祭り騒ぎでいいじゃないか。デモをやっても世の中をひっくり返せないし、ただのお祭りで終わっちゃうんだ。デモに対してはそういう批判がありますけど、そこに人が集まること自体にすごく意味があると思うんです。批判する人は、デモに行ってないわけでしょう。社会的地位が高くても、デモに行ってない人はそういうことを言う。しかしデモに行けば、今松本さんが言ったようにいろいろな人と顔見知りになれる。これはすごく大きいですよね。いろんなネットワークもできるし、情報も得られる。これは後々につながっていくじゃないですか。

松本 自分のテンションも上がりますもんね。

井野 テンションが上がるし、デモに行くことによって意識も変わる。とにかくいろいろなことが起こるわけですが、それは行かないとわからない。行かないで「単なるお祭り騒ぎじゃないか」と言う人が非常に多いですよね。

●勝ち組・負け組・マヌケ道

柄谷 さっき勝ち組・負け組と言いましたけど、90年以前の社会ではそんな言葉はなかった。あと、自己責任という言葉もなかった。そういう傾向が強くなってきたのは90年以降、ソ連崩壊後で、その頃からいわゆる新自由主義が広がってきた。実は勝ち組・負け組というのは同じタイプなんです。勝ち組の人はいつ負けるかわからないから、常に不安を抱えている。この間、電通の社員で自殺した女性がいましたね。あの人は東京大学を卒業し、電通に入ったんだから勝ち組の典型だと思うんですけど、入社1年目の冬に自殺してしまった。だから今、勝ち組というのはいつ没落するかわからない。

井野 不安に思ってるのは、勝ち組のほうかもしれない。

柄谷 韓国でもサムスンみたいなところがすごいエリートコースで、そこに入れたら大威張りなんですけど、ここ15~20年間で非常に多くの人がサムスンをクビになっている。彼らはクビになって、唐揚げ屋をやっていたりする。ソウルで唐揚げ屋に行ったら、そこにいるのはたいていサムスンの元社員です。超エリートが唐揚げ屋をやってるのは、それしかできないからです。エリート企業をクビになって、やることがない。これが勝ち組の末路で、そういう人こそ負け組に見える。僕は、勝ち組でも負け組でもない、マヌケ道があるということを言いたいんです。

●群れろ!

柄谷 おそらく90年までは、群れ集うことを嫌がったと思います。それはなぜかというと、共同体があったからです。ムラはどこにでもあって、東京そのものがムラだった。そもそも会社っていうのもムラだよ。会社は永久雇用するでしょう。巨人の長嶋が引退する時に「我が巨人軍は永遠に不滅です」って言いましたけど、企業がもう永遠なんですよ。そこで「会社なんかやめろ」「脱サラしろ」と言うことには意味があったと思うけど、今は何もないんだから群れ集うべきなんですよ。

松本 群れないことを恐れるんじゃなくて。

柄谷 「群れることを恐れるな。群れろ!」と。

松本 いまだに群れることを嫌う人がいますよね。

柄谷 同じことを言い続けてれば正しいと思うなよ! といいたい。文脈が変わってるのに同じことを言ってる奴は、バカなんですよ、マヌケではなくて(笑)。

●海外版のマヌケ

―― 今後のことについて、お話しいただければと思います。

松本 今後のことなんて、考えたこともないですね(笑)。今のところ韓国版・台湾版は出版社が決まってて、中国版は手続きをしているところです。前に『貧乏人の逆襲!』(2008年)という単行本を書いた時、韓国版と台湾版が出たんですけど、あれがすごくよくて、読んでくれた人が勝手にいろいろやり始めたり、連絡をくれたりして。国境を越えると、すごく面白いなと思いました。本って、そういうところがいいですよね。ですから今、韓国版・台湾版・中国版にはちょっと期待してます。

井野 ブログはたまに書かれてますけど、やはり本はネットとは違いますか?

松本 やっぱり違いますね。本ってひとつの物体だから、持ち歩いたり人に渡したりできる。今回これを手に取って、本にするっていいなと改めて思いましたね。本は、ネットとは全然違う力を持っている。あと、ネットは簡単にどんどん書いて発表できるけど、本を作るのって大変だから、やはり作者なり編集者なりの「これを読んだほうがいい!」っていう気持ちも入ってるじゃないですか。そこがいいですね。

井野 書く時間はあるんですか?

松本 いやぁ、大変でしたね。

井野 松本さんのお父さんは作家だから、そういうのを受け継いでるのかなと。実は、文章うまいですよね。これは柄谷さんに聞いちゃ駄目かな(笑)。

柄谷 まあ、文体を持ってるね。

井野 具体的にはどういうことですか?

柄谷 独自のスタイルを持っているという意味です。

松本 頭の中で思っていることを、そのまま文章にしてるだけなんですけどね。

井野 いやぁ、これはけっこう大変でしょう。けっこうスーッと書けちゃうんですか? 推敲とかしないんですか?

松本 書くのはけっこう早いかもしれない。ただ、なかなか書かないだけで。

井野 書くまでに時間がかかると。

松本 そうですね。今回も、編集者の井口さんにひたすら追いかけられて。

井野 本をつくるのは共同作業ですから。編集者がいて本屋さんがあって、売り場の人がいる。そういう意味では紀伊國屋書店もマヌケで(笑)。3年ほど前、ここで今写真を撮ってる迫川尚子(ベルク副店長)の写真展をやったんですけど、1カ月やらせてもらった(「『新宿ダンボール村』迫川尚子写真展 1996-1998」)。4階のイベントスペースでホームレスの写真展をやって、ホームレスがそこでダンボールハウスをつくったりした。個人経営じゃない大きなところでも、現場ではそういうことをやれる。そういう人・場所とつながっていくことは大事ですね。

松本 そうですね。日本ってけっこう窮屈なところって思いがちだけど、実はそういうマヌケなところがあったりする。

井野 結局、顔同士じゃないですか。紀伊國屋のその担当の人はうちのお客さんだったから、そういうことが実現した。お互いに顔を知っている同士だから、できちゃうところがある。だから実際に会う、顔見知りになるだけでも全然違いますよね。どこでどうつながるかわからない。僕はこの本を読んで、改めてそう思いました。

―― 柄谷さん、最後に締めくくりの言葉をよろしくお願いします。

柄谷 そんなこと、急に言われても困るんだけど(笑)。『世界マヌケ反乱の手引書』、これをもってマヌケの世界観が広がり、マヌケの世界革命が始まることを期待します。

                                 (2016.11.6) 

                       

 

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