冷やかな頭と熱した舌

第20回
新店の選書について
―8つの苦しみ

■〈選ぶ〉ことは〈偉ぶる〉ことか

 6つ目は、選書データの作成だ。
 選書データは、卸である取次会社に「開店時にこういう本を入れて欲しい」とお願いするために作成する。本屋に行くと、数えきれない数の本が並んでいるが、あれらは誰かの「意思」によって選ばれた本だ。書店のなかには、その労力をすべて取次会社に丸投げして開店するところもあるというが、さわや書店では必ず自分たちで選ぶ

新店ORIORI店のための発注書の一部(超整理法を採用とのこと)

  僕は2014年に開店した「さわや書店イオン釜石店」の選書にも関わったのだが、当時提出したのは、いわゆる「Word」でISBNコードと書名を手打ちしたデータだった。なぜ「Word」という作業にそぐわないソフトで、苦心惨憺して提出しなければならないのかと思った記憶があるので間違いない。そして、今回も同様だろうと暗い気持ちになって作業していたら、締め切りの10日前になって「Excel」で提出してくれなきゃ困るという通達を受けた。弁護士に「勝てるから」と説得されて意に沿わぬ法廷戦術に従った挙句、逆転敗訴した気分を疑似体験できた。取次の現担当者から、当時の担当者(弁護士役)に確認してもらったところ「提出はExcelだったと思う」との回答を得た。閻魔様もびっくりの二枚舌だ。当時選書を担当した他のメンバーと記憶を確かめ合ったが、「Wordに間違いない」という意見で一致した。
 ぜひ今度、ASKAを連れて彼の元を訪れようと思っている。だが、その前にやらなければならないことがあった。その日、東京からたまたま里帰りしていたチャゲ……じゃなかった、姉に手伝ってもらいながら8時間ぶっ通しでファイル形式を変更したことを付記しておく。

 7つ目は、選書以外の新店準備だ。
 もはや俎板の上のコイであることを自覚し、ハラを括ったはいいが同時進行でやらなければならないことがヤマほどあった。新店舗のハード面である設計、什器に関しては田口幹人フェザン店店長が受け持ってくれたのだが、同席すべき打ち合わせが多々あった。その他にアルバイトの面接、イベントの打ち合わせ、サインやデザインの打ち合わせ、夜のお付き合いなど、ことあるごとにタイムリミットまでの時間は削られていった。何も予定がない日には、7時過ぎに出社して22時まで一心不乱に本を選び続けた。
」という漢字は、「」と「」が合体しているから、その昔は人と本は一体だったのかな、いや、体から知識の部分が「」として外部に出てしまったのかなとか考えながら、自分の基準で、新店舗「ORIORI」の基準で、人と本とをつなげる行為に没頭する。しばらくすると今度は、本を選定しているという選別者の優越が勝り、次第に嗜虐的な気持ちが増してきたりして、きっと「選ぶ」と「偉ぶる」の語源は同じに違いないなどと根拠のない自説に確信を深めながら、何とか4月10日の提出日を迎えた。もはやこの時点で、くたくたに疲れていた。

■選書の長いトンネルを抜けると……

 しかし最後の8つ目である。
 もしかしたら自分は、地獄の責め苦を耐え抜いて解放されたのかもしれないと、それまでの地獄の日々を思い返しながらおそるおそる顔を上げてあたりを見回す。鬼の姿はない。よし。シャバに戻って真人間となり、もう一度この世の中を信じてみようかと思った矢先に、取次の担当者の訪問を受け「選書の冊数が全然足りない」と告げられた。
 釈迦の気まぐれによって垂らされた蜘蛛の糸が、ぷつりと音を立てて切れた気がした。それが、つい昨日のことである。持ち上げて落とす。血反吐を撒き散らしながら、苦労して選んだ冊数はおよそ1万6000冊、試算の半分ほどにしかならなかった。棚段数を綿密に計算して、そこに入る冊数を数えながらやったにも関わらず、出版社の在庫切れや出庫調整(※出版社の在庫状況や意向などで注文した冊数が満数で入荷しない)などで予想よりも減ることがある。残りの金額は平積み分とフェア分だ。だが、それにしても少ない。
 責任は全て僕にある。たぶん、一日ぶっ通しで選書している状況だと、選ぶ側の神経が持たないのだ。ORIORI店には「CD・DVD売り場」と「文具・雑貨売り場」、そして「パソコン教室」が併設されるため、本の売り場面積は抑えめであるが、つまりは、もう一度あれを、あの地獄の日々を、過ごせとおっしゃる? 腰がガラスでできた、このアウストラロピテクスに?
「そいつぁ、もうKORI GORIだ」
 長い、長いトンネルを抜けた先の風景は、やわらかな春の光あふれる天国だと思っていたのだが、真冬に逆戻りだったとは。春はまだまだ遠いようだ。【本文終わり】


【次ページ、新店開店までの店長日記を公開中。〈ORIORI店〉の店名の由来も】

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