冷やかな頭と熱した舌

番外編②
店長日記【開店編】

前回に引き続き、連載内コラムとして好評の〈店長日記〉を番外編としてお送りします!

開店直前の慌ただしさは想像に難くないですが、開店当日、そしてその後の数日間、本屋はどんな業務に追われているでしょうか?

■店長日記⑤

5月10日(水)
エクスナレッジのM田さんからお手紙とアッパーなCDが、宮城の書店員W辺さんより励ましのお手紙と萩の月の差し入れが届く。これまでの人生で、僕は人に優しさを、無償の愛といったものを示したことなどなかったかもしれない。お二人の心遣いの前にただただ胸が熱くなる。

5月12日(金)
内装、什器の設置、照明など諸々の工事のスケジュールがとてもタイトだったので心配していたが、なんとか無事にこの日を迎えることができた。段階的に行われてきた盛岡駅ビルのリニューアルにおける最後の改装。同じフロアには、すでにオープンしている店舗もあるので、閉館を待って20時30分より自分がこの2カ月半の間に選んだ本の搬入となった。20名ほどで1454個の段ボールを3階フロアに上げた。思ったよりもスムーズに事が運び、23時45分にはあらかた終了。明日からのスケジュールを確認して0時半に帰路につく。店を出る直前に振り返ると、段ボールの山々に天井が落ちて来そうな錯覚を覚えた。

本が届き次第、本格的な棚詰が始まる
1454個の段ボールの山。これを20名で3階まで上げた。

5月13日(土)
午前中に工事業者から権利の引き渡しを受け、名実ともに私たちの店舗となった。昼前の時間を使って、空っぽの棚に「見取り図」を貼って作業の下準備とする。午後から開店に向けての本格的な作業。段ボール箱をひたすら開け続け、本をジャンルごとに仕分けてから運ぶ。田口幹人フェザン店店長とともに、陣頭指揮を執るため「作戦本部」に座り指示を出すが、棚づめしたくて身体がムズムズする。
遅い昼食を摂るために外へ出ると雨。頭に浮かぶ悪い予感を振り払うように「かつラーメン」を頼んだ。でも一体、僕は何に勝とうというのだろう。自分の気持ちを捉え切れない。ダンボール150箱ほどを残して、この日の作業は終了。夜道は濡れていたが、雨は上がっていた。星は見えないが、雲間から南中の青月がのぞく。

 

5月14日(日)
仕分けが終わり、棚にあら詰めをしていった。選書の際に苦心していた「発注金額」はあくまで理論上の在庫金額であって、おおよその目安でしかない。ジャンルによって、多いところと少ないところが出ることは覚悟していたが、かなりデコボコがある印象。あら詰めの8割を終えた段階で、料理本はぴったりと棚に収まったが、文庫、新書の冊数が多い。逆に文芸書、一般書は棚段数に比して圧倒的に本が少ない。のちに文庫、新書は「フェア」分が混入していたことが判明。完成図を各々に渡してはいたが、フェアの「本の詳細な中身」までは記していなかったのが原因である。いわゆる「一般書」の棚は、今回ファッションビルのなかに出店するにあたって作った「女性向け」の棚へと仕分けられていた。前もって考えていた部分を、現地でしっくりこなくて変えた部分もあり、調整に手間取る。休憩中にチェックするとGⅠの馬券が当たっていた。そっちが勝ったか。

あら詰めの作業が始まった店内

5月15日(月)
午前中に電話回線工事、POSレジの設置。通信インフラの開通をヤキモキしながら見守る。前日の結果を受けて、出版社への追加発注を行った。どの出版社も直送に快く応じてくれる。ありがたや。棚に本が入ったものの、どこに置くのが「正解」なのかは僕の頭のなかにしかない。1つのジャンルの棚づめを原則1人で担当してもらっていたが、各々の判断による他ジャンルへの「押し付け合い」が始まる。あきらかに違うジャンルの本が混ざっている場合なら分かりやすいが、ファジーな内容の本は、各々が異なる判断をする。あら詰めから棚の精度を上げてゆく作業のなかで、一番手こずったのがこの問題だった。こらえきれずに棚づめ作業の現場に出ることにする。育ってきた環境が違うから、好き嫌いは否めない。面白いと思うのと同時に、「一般書」と「人文書」を3往復ぐらいする枡野俊明の本を見ていると疲労がたまる。順調に進んでいた作業が一歩後退した気がした。んー、頑張ってみるよ。やれるだけ頑張ってみてよ……ちなみに僕はセロリが嫌いである。

5月16日(火)
喉の痛みがひどいことに気づく。今日はTACのY浅さんとH本さんが、資格書の棚づめ応援に駆けつけてくれた。ありがたくて涙が出そうになるが、龍角散のど飴のせいにする。夜、事前に約束していたY浅さんとH本さんとの飲み会の時間が、どうしても捻出できなかった。作業が予定より大幅に遅れている。栗澤順一宴会部長、一緒に働く竹内さんに飲み会を任せて、残ったスタッフとともに夜間作業。いつまでも延々と続く作業に心が折れそうになる。あと2日しかないのだ。今日の夜道も昨日のそれと同じだというのに、時だけが先を行く。

5月17日(水)
このペースで開店を迎えられるのだろうか。精神が相当追い詰められているのか、悪夢を見まくって汗びっしょりで起床。焦りだけが募る。作業は積もり積もる。棚プレートやPOPなどのデザインを頼んでいた、アルバイトのS藤さんも山場を迎えてテンパっている。最終決定権は僕にあり、すべての「判断」をしなければならないため、そちらに時間を取られることが多い。畢竟、僕の担当する棚づめエリアの進捗状況がよくない。すべてをなげうって逃げられたらどんなに楽だろうか。寝たい。とにかく寝たい。寝れば待っているのは悪夢だけだろうけど。

5月18日(木)
前夜祭と称し、栗澤宴会部長と双葉社のT中さんが決起集会を催してくれることは事前に聞いていた。「行ければいいな」と思っていたし、せめて顔だけでも出したいなと考えていた。だけれど、頭の隅ではうっすらと「行けないのではないか」とも思っていた。その危惧が現実のものとなってしまった。集まってくれている出版社の営業の面々が、明日の開店に備えて盛岡に集結してくれている。とても嬉しいが、いま僕が向き合うべきは本である。本と棚しか見えない。開店できるかどうかの瀬戸際。代わりに行ってくれる竹内さんに、すまない気持ちでいっぱいになりながら作業を続ける。はたして日付が変わってしばらくした深夜に、8割がた納得できる店ができた。最後まで残ってくれたさわや書店のスタッフに囲まれ、輪になって挨拶。声が震えるのは、心が震えているからです。おかげさまで何とか開店できそうです、と言った午前0時。僕はさわや書店の一員で本当によかったと感じていた。

 
 

  5月19日(金)
開店の日。たった一店舗の開店の裏側に、多くの方々が関わっているのだと痛感した。それは僕の力不足かもしれないが、支えてくれたたくさんの人の顔が浮かぶ。みんな笑顔だ。この気持ちをこの先ずっと忘れないでいよう。「あれより辛く苦しいことはない」と、未来においてそう思える体験を今回させてもらったのだ。
次々と花が届く。開店と同時に見知った顔が新しい店へと現れる。POP STARの説明を熱心に取材するメディアを尻目に、まったく事前の準備ができなかったラジオの生中継にぶっつけで臨む。せっかく来てくれた出版社の営業の方々と、まともに話すことさえできやしない。ありがとうと伝えたいのに。本番前のスタンバイをしながら申し訳なく思う。ああ、喉が痛い。帰りたい。そう考えながら喋っている僕の声が震えているのは、緊張からではない。これから始まる日々を思っての武者震いが少し出てしまっただけなのだ。

5月20日(土)
午前中に地元テレビ局の生中継に出演。リハーサルまではうまくいくも、本番の最後の最後で噛むというメンタルの弱さを発揮。午後、シンガーソングライター「Miyuu」さんのミニライブ&サイン会をプロデュース。昨日のメディア取材の効果もあって、たくさんのお客さんにご来店いただいた。

ORIORI店には、CD・DVD売場も併設されている

5月21日(日)
店内のイベントスペースを初めて活用。地元病院の「看護の日」イベントととして解放したが、ノウハウがないため色々と手間取った。午後よりダンスボーカルユニット「龍雅」さんのミニライブ&サイン会をプロデュース。とても盛り上がったが、イベントの混雑とほぼ新人のレジオペレーションの指導により、品出しまで手が回らない。開店しても帰宅が深夜です。

5月22日(月)
開店したら開店したで、レジ回り品などで足りないものが次々と出てくる。また、備品のありかが定まっていないため、単純作業すらままならない。休憩室兼事務所も戦場さながらの状態。一歩、一歩と自分に言い聞かせるも心は急いてしまう。ゆっくりと休める日が、いつかは訪れるのだろうか。いまのところ信じることができない。店長って大変ですね。

 過去の店長日記もご一読を!!
〈店長日記①〉
〈店長日記②〉
〈店長日記③〉

〈店長日記④〉

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