冷やかな頭と熱した舌

第16回 
さわや、新店出すってよ 【前編】

全国から注目を集める岩手県盛岡市のこだわり書店、さわや書店で数々のベストセラーを店頭から作り出す書店員、松本大介氏が日々の書店業務を通して見えてくる“今”を読み解く!

今回はタイトルにあるように5月にオープンが決まった新規店について、前編と後編、2回に分けて書いていただきます。
 

◆さわや書店ホームページ http://books-sawaya.co.jp/
◆さわや書店フェザン店ツイッター 
https://twitter.com/SAWAYA_fezan

 

さわや書店、5月に新規店

  1月中旬の3日間、僕は田口幹人店長とともに東京にいた。
 僕は「次長」という肩書で、一応副店長なので店のトップ2が不在の非常事態である。一体さわや書店フェザン店に何が起きたのか。

 話は2016年の秋にさかのぼる。以前『本屋の勘(かん)』の回で書いたのだが、天下分け目の決戦(僕が勝手にそう考えていた)と位置付けた出店争いに競り負けたさわや書店には、むこう何年かにわたって新規開店の話はないと思われた。だが突然、まったく想像もしないところから出店の話が降ってわいた。そう、それはまさに「青天の霹靂」というやつで、当初うちの会社の上層部含めて、誰一人としてその出店に賛成する者はいなかった。丁重にお断りして、それで終わりになるはずだった。しかし、である。

 霹靂、つまりカミナリとは、雲のなかの氷の粒同士がこすれ合うことによって発生した静電気がその正体である。大空を舞台に繰り広げられる大がかりな静電気ショーというわけだ。交渉の様子を傍から見ていて、急転直下で出店へと傾いていった様子は、まさに雲のなかの出来事そのものだった。ぶつかり合いによって生じた静電気は、方々へと影響をもたらしたが、やがて収束して白雲が残った。
 出店することが決まったからには、やらなければならないことが山ほどある。床や天井の工事、什器、照明、図面起こしの打ち合わせなどのハード面はもちろんだが、一番初めに取り組むべき大事なことは新店のコンセプトを決めることだ。何を措いてもこれが一番の心柱となる。長らくフェザン店の哲学に則って働いてきた僕は、頭に染みついてしまった「フェザン脳」から脱却したうえで考えを巡らせなければならなかった。頭をリセットして新店のコンセプト作りに取り組むためには、他店の棚を見ることが一番だと考え東京行きを決めたのだった。

まずは栃木県小山市へ

 初日。早朝に出勤し、雑誌と新刊を売り場に出してから、開店15分前に店を出た。いつもの上京の際には、仙台、大宮、上野にしか停車しない新幹線を選び、東京へと向かうのだが、今回は少し事情が違った。田口店長と「いつか行ってみたい」と話していた書店へ、これを機に行ってみようと意見が一致したのだ。

 盛岡から約40分「はやぶさ10号」に揺られ、仙台へと到着。すぐ向かいのホームに停車している「やまびこ132号」に乗り換えて、ふたたび南下する。しかし、ここでトラブルに見舞われた。45分ほどで次の乗換駅である郡山に到着するはずだったのだが、福島駅で信号が切り替わらずに25分ほど待ちぼうけを食わされたのだ。乗り換えを予定していた「なすの272号」が、僕たちの遅れた「やまびこ132号」の到着を待ってくれているのではないかという淡い期待は、郡山駅に降り立った瞬間に打ち砕かれた。予定を組み直してみると、1本遅い「なすの274号」に乗るしかないことが判明したので、郡山で早めの昼食を摂って時間をつぶすことにする。おじさん二人で喜多方ラーメンに舌鼓をうった。

 到着した「なすの274号」に乗って50分。一時間遅れで、僕たちは栃木県にある小山駅に降り立った。
 東口を出て、まず驚いたのは自転車の多さである。駅の二階にある改札の目の前を、自転車を押しながら歩く人を数人見かけてはいたが、駅の駐輪場には所せましと隙間なく自転車が止められている。ネットでマップを事前に見ていて、バスが運行しているのではないかと予測を立てていたのだが、自転車の多さを目にしてなんとなくいやな予感がしてしまった。白鷗大学東キャンパスを目の前にして、バス停を探せどもそれらしい表示を見つけることができない。おそらく小山市では、ポピュラーな移動手段は自転車なのだろう。福島駅で新幹線が遅れたこともあって、手っ取り早くタクシーで向かうことに決めた。
 目的地まで3キロほどの道中、車窓から見る景色にあまり高い建物は見受けられない。小山市の人口が気になって、スマホで調べてみると16万人ほどだという。盛岡市のおよそ半分。店を見る時の参考にと頭のメモに書きつけておく。15分ほどかけて辿りついたのは「進駸堂中久喜本店」さんだ。

あまり語られない本屋づくりの根幹

 12時50分。予定より1時間遅れて店に伺うと、入り口左のレジカウンターに店長の鈴木毅さんがいた。挨拶もそこそこに早速売り場を拝見しようと店内を見回すと、平日のお昼時の郊外店であるのに200坪ほどの店内には十数名のお客さんの姿がある。さわや書店の唯一の郊外型店舗である「さわや書店上盛岡店」は同じくらいの広さだが、平日の昼の集客には苦労している。同店で約一年間、試行錯誤しながら勤務した経験がある僕はまずその集客に目がいった。静かな店内で、お客さんは各々目的の売り場の前で熱心に本や商品を選んでいる。そのなかをガラガラと旅行カートを引きずりながら、騒々しく移動するのは気が引けたが、そんなことを気にしたのも最初のうちだけだった。

進駸堂中久喜本店の外観

 鈴木さんとは以前、水道橋で開かれた大商談会でご挨拶させていただいていたが、知り合いの書店員や出版営業の面々から、ことあるごとに売り場の素晴らしさを伝え聞いていた。今回、念願かなってお店へと伺うことができたわけだが、結論から言うと伝え聞いていた以上の工夫がそこかしこにちりばめられた売り場だったし、想像していた以上に刺激があるとても面白い売り場だった。

 地方の本屋にとって「人口」は、店づくりの根幹に関わってくる。普段使いの本屋として常連さんへ向ける「普段の顔」と、商圏外からお客さんを呼び続けるために作る「外面(そとづら)」との割合が、長いスパンで店を続けてゆけるかどうかの生命線となるからだ。進駸堂中久喜本店さんの店内に足を踏み入れた瞬間に、そのことをよく分かっていることが察することができた。
 二つの顔の使い分けに無自覚な書店は殊のほか多い。使い分けに自覚的になると、競合する他店と争ううえで大きな武器となる。だから普段はあまり言及することなく済ませてしまう秘伝のようなものの一つだが、進駸堂中久喜本店さんの凄さを伝えるためにあえて書く。ぜひ訪れてそのすごさを体感して欲しいと思うからだ。これから、わかりやすく具体的な例をあげる。本来は口伝であるので、読んだらすぐに忘れていただきたい。

 

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