本が本を呼び、謎が次の謎を引っぱり出して来る。出久根達郎さんの新作長編『謎の女幽蘭』は、身に沁みついた古本屋稼業の経験を存分に生かし、読者をミステリアスな世界へ引っぱり込んで行く。
舞台は一九七〇年代後半東京。まだ高円寺に著者が古本屋「芳雅堂」を経営していた頃のこと。店に一人の客が現れた。新劇関係の紙くず蒐集家の松本克平。実在の人物である。著書に『私の古本大学』があり、大の古本好きとしても知られる。氏の口から飛び出したのが本荘幽蘭。ついに姿を現さぬ、本書の主人公である。
松本克平『私の古本大学』に幽蘭についてこう書かれる。
「あらゆる職業を猫の眼のように目まぐるしく渡り歩いて、常に自己宣伝を忘れなかった先端的女性であり、自ら何のこだわりもなく性の解放を実行した勇ましき女であり、さらにその自己懺悔をこんどは本に書くと宣伝して歩いた女性である。つまり終始モデル・チェンジをくり返していた異色女性である」
古今亭志ん生がよくマクラに「こういうことは学校では教えない」と語っていた。まさにこのお騒がせのハッタリ女史・幽蘭などはその代表。明治十二年生まれで写真は残されていない、この謎の女の正体を巡って、芳雅堂主人(「私」)の探索が始まった。なにしろ資料となる古本の扱いはお手のもの。さらに、「働く女性」を卒論に選んだ伸子という女子大生と、その腹違いの兄・幸夫、まだ素人の古本屋仲間・東一がここに加わり、明治・大正・昭和の裏面史のページが、次々とめくられていく。しかし、この探索チームは架空の人物。
著者がじつに巧みなのは、高田義一郎『らく我記』、宮下弘『特高の回想』、宮武外骨「滑稽新聞」、昭和十一年の雑誌「話」など実在の資料、そして相馬黒光、松本道別、栗島すみ子、夏目漱石など実在の人物を登場させてリアルを補強し、同時にフィクションを存分にブレンドして、『謎の女 幽蘭』を知的冒険読物に仕立て上げるところだ。
私が今回、特に驚いたのは、浅草の老舗料亭「さゞれ」を巡る仕掛けだ。幸夫の伯父が処分を依頼した「さゞれ」に伝わる桐箱の巻子本「医心方」。一部が「性典」として珍重されるこの資料を完訳したのが、幽蘭探索の途上に浮かび上がった松本道別であった。夏目漱石「野分」にも出てくる奇人で、電車事件で懲役をくらい、刑務所内で「健康法」に目覚め、出所後「仙人」となる。なんとも変な人物だ。
「学校では教えない」人物が、逸脱また逸脱の筆法に乗せられて、現れては消えて行く。
また、日本から消えた国宝を秘蔵するドイツの古城の調査に向かう幸夫、蛍狩りに出かけ気を失う伸子と、どうしてもブッキッシュになりがちな物語の硬さを、この腹違いの兄妹の果敢な行動が解きほぐしていく。このあたり、出久根さんは大いに遊んでいる。小説家としての想像力のスケールが、さらに広がった感じだ。
もちろん、出久根ファンが期待する古本屋ネタも随所にちりばめられる。「古本屋はいわゆる「本屋学問」があればよい。うわべだけの学問である。本当の学問は客がする」や、古切手は使用済(消印あり)の方が貴重などという耳打ちは、ファンをにんまりさせるところであろう。
「古本探しは根気仕事だが、まことにスリリングで、サスペンスがあり、この味わいをひとたび知ると病みつきになる。さながら推理小説を読む楽しさである」と、著者は「あとがき」に書く。これこそ、『謎の女 幽蘭』の読みどころの、もっとも簡潔な要約になっている。インターネット全盛で検索が容易になったいま、その「楽しさ」は倍増されたようだ。
岡崎武志さんは、出久根達郎さんの『謎の女 幽蘭』をどう読んだのか。PR誌「ちくま」より書評を公開します。