小さくても創意と工夫に長けた企業が成功する
地域経済の振興は難しい。伸び盛りの新興国や途上国はいざ知らず、日本のような成熟した資本主義経済では本当に難しい。これが二〇年近く経済産業省で、地域経済の活性化に関する調査研究とともに、地域振興のための政策に取り組んできた筆者の偽らざる実感である。
しかし、それでも打開の糸口は見いだせる。「成功確率」という考え方だ。難しいものは難しいと認めた上で、少しでも可能性を高めるにはどうしたらいいかという発想に立つ。そして、確率を高める最も確実な方法は、成功体験を有する地域のさまざまなプレーヤー、特に営利を目的に自らのこととして事業の発展を図る主体=企業に注目することだ。そうした地域の力を引き出す企業を数多く生み出しうまく活用できれば、必ず日本経済は苦境を脱することができる。
日本などの先進国が直接投資の形で途上国に生産や活動の拠点を移していくことは、人件費の差だけでなく、人口増加や生活向上の意欲に支えられた旺盛な需要の存在を考えれば、無理のないことだ。こうした流れは、投資先の途上国が移り変わっても、今後とも不変のトレンドになる。一方で、成熟した資本主義国の中にある地域の発展は、途上国と同じ方法では達成できないことも明らかだ。地域活性化の成功確率を高める主体は、加工組立型大企業の量産工場ではない。むしろ規模は相対的に小さいが創意と工夫に長けた企業なのだ。この点こそ本書が一貫して、また一番主張したいポイントである。
グローバル・ニッチトップ企業とは何か
筆者は、特定の分野で極めて高い競争力をもち、国際市場で高いシェアを維持している、ものづくり企業をグローバル・ニッチトップ企業(GNT企業)と呼び、注目してきた。大企業が参入しないニッチな分野で、世界のトップに君臨する企業と考えていただいてよい。GNT企業は密度の濃淡はあるが、日本全国に分布している。同様の企業はドイツやイタリアなど成熟資本主義国に幅広く見られ、輸出などを通じて国の経済に貢献している。
こうした企業は、地域にとってとても有り難い存在だ。一つは、地域に根付いていることである。経営者のリーダーシップが目に見える優良企業だ。地元で生まれ育った経営者は地域の顔と言える存在だ。
また、本社がその地域にあるため、大きな付加価値を生む企画、設計、製品開発が地元で行われる。生産を外部に委託しているファブレス(工場無し)企業も少なくないが、発注先は地元の中小企業である。したがって、付加価値の大半は地元に落とされる。
もう一つ重要な点は、皮肉なことだが、GNT企業は特定分野に特化するため、環境変化により市場を失うなどリスクも多い。一つの製品だけでは安泰でないため、常に次の製品の開発に取り組み、実際に売れる製品を次々に生み出す。この過程で、他者の力を借りるのが得意だというもう一つの特徴がある。
製品開発の際に有力なパートナーとなるユーザーやサプライヤーなどと、独自の企業間ネットワークを保有している企業も少なくない。必要があれば、臆することなく遠隔地の大学の研究室に飛び込んでいく。リーダーシップを発揮し、地域の他の中小企業を巻き込んで世界市場への門を開いた成功体験を有する企業であり、今後もその役割が期待できる。
大企業の「分社化」という方法
一方、近年、東芝、パナソニック、ソニーといったエレクトロニクス・電機系を中心とする日本の名門大企業の苦戦が頻繁に報じられている。市場のグローバル化、競争環境の悪化など世界レベルの変化が大きな要因であることは間違いない。しかし、日本の大企業にとって、過去の輝かしい成功体験が災いしている面も否定できない。
第二次世界大戦の終結から一九八〇年代を通して、中品質低価格の製品の大量生産というビジネスモデルで多くの企業が成功を収め規模を拡大した結果、大企業全盛の時代となった。一方、それに適合した終身雇用、年功序列賃金などの「日本的経営」がこうした企業に普及してよく機能した。しかし、九〇年代以降、状況は一変する。グローバル化などの環境変化とそれまで企業成長を支えた諸制度の崩壊が進んでいるにもかかわらず、多くの大企業は古いビジネスモデルから脱却できず苦悶の悲鳴をあげている。
とはいうものの、大企業になったことから生じるさまざまな不都合を大企業病と呼び、人の老化になぞらえて仕方がないとあきらめるのは時期尚早だ。打開の方法は、「分社化」、小さくなることにある。年老いた植物を株分けや接ぎ木によって再生し若返らせることを、イメージすればいい。
また、それが成功する可能性は、過去の日本の歴史を見ればよく分かる。一つは、戦前の四大財閥の持株会社である。極めてスリムな組織だったが、新規事業分野の必要が生じる度に新しい事業会社を設立した。子会社にエリート社員を送り込む一方、子会社の投資計画や決算を厳しくチェックすることで、ガバナンスも効かせた。
その後、戦時体制から戦後のGHQによる経済改革により、戦前との断絶が生じる。しかし、高度成長期から八〇年代までは別の形で分社化が企業活力の源泉になる。いわゆる上場子会社である。既存企業からスピンオフした企業が上場し、親会社以上に成功する事例も数多く見られた。富士電機から富士通、富士通からファナックやニフティが生まれるように。
しかし、近年、パナソニック、ソニー、日立などは、相次いで上場子会社を一〇〇%の子会社にした上で上場廃止にし、ただでさえ大きな体制に取り込むだけである。これでは次の展望は開けない。目指すべきは真逆の方向、分社化である。
「小さきもの」の活用こそがキーワード
地域や国の経済にとって、規模は小さくても元気な企業が多数存在することは、とても大事なことだ。何にも増して重要な資源だ、と言ってもいい。加えて、こうした企業の活躍の場は、今後むしろ広がることが予想される。本書は、この基本的な考え方に基づき、「小さきもの」、相対的に小さな事業単位に目を向け、その活用を論じていく。
このため、まず第一章では、小さいが競争力の高いものづくり企業であるニッチトップ(NT)型企業、そしてその先頭を切るGNT企業について概念規定や定義を行う。併せて中小企業の定義やその反対概念である大企業、中間概念である中堅企業について解説する。また、金属加工と呼ばれるものづくりの基本を紹介する。
第二章では、日本の代表的なGNT企業の事例を詳しく紹介し、その製品開発力を支える際だった共通点や国際競争力の源泉を明らかにする。そこでのキーワードは、「ニーズ」である。
イノベーションにとって最も大事な要素である「ニーズ」をいかにつかまえるか、そのことに企業の成否がかかっていることを具体的な事例を通じて示す。
第三章では、まず、日本経済や大企業の苦境の原因を進化経済学の知見に基づき解明する。
その上で、打開の糸口をさまざまな角度から検討する。まず、GNT企業の台頭は日本だけでなくドイツ、イタリアにも見られること、こうした元気な企業を説明するキーワードは世界共通でニッチ、ファミリー、スピンオフであることを指摘する。次に、経済史、経営史の知見に基づき、戦前戦後を通じ日本の大企業が分社化によって活力を維持してきたことを明らかにする。
第三に、進化経済学の「並列実験」という概念の重要性を述べる。並列実験は集団遺伝学の理論に基づくもので、小さい単位の数多くの実験がイノベーションに不可欠であることを示している。最後に、IT革命の進行が、小さい企業の活躍の余地をグローバルにまで広げつつあることを指摘する。
第四章では、それまでの議論を踏まえ、国の役割を検討する。小さい企業の力を引き出す並列実験を活発にするという観点から、さまざまな社会的共通資本を長期的に整備していくことの重要性を論じる。ドイツのレーザー技術関連産業育成のための官民挙げた取り組みの成功例を紹介し、国だけでなく大企業の役割についても期待を込めて指摘する。
最終章では、地域経済活性化に向けた方策を具体的に論じる。まず、過去のクラスター政策を批判的に検討した上で、企業など優れたプレーヤーが、ネットワーク上で果たす役割を最大限に引き出すことの重要性を明らかにする。次に、こうした地域の力を引き出す企業を活用して、地域の付加価値の取り分をふやす「良い利己主義のすすめ」を、具体的な事例に基づき展開する
GNT企業経営者との対話
筆者は、これまで日本を代表するGNT企業を全国に訪ねて、その実態を調査してきた。どうしてこんなにすばらしい中堅中小企業が日本全国に存在するのか。経営者は、創業者だけでなく二代目、三代目であっても大変魅力的で、事業に対する真摯な姿勢には心を打たれる。なぜなのだろうか。いつも自問自答してきた。本書を執筆しようと思った端緒は、経営者との対話を通じて去来した思いや考えを是非形にしたいということであった。本書の至る所に、個々のGNT企業の事例が出てくるのは、そのためである。
私自身の考えや思いだけでなくGNT企業の皆さんとの共同作業の結果が本書には反映されている。そうした意味で、日本の将来に希望を持ちたいという多くの方々のヒントになれば、我がこと以上の喜びとするものである。
なお、文中に述べる見解は筆者個人のものであり、経済産業省や発想の源となったGNT企業経営者の方々の考えを示すものではない。念のためお断りしておく。